| ゴンちゃんのレース完走記その5 |
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| 03防府読売マラソン完走記 2003年12月14日 | ||||||
| ふぐを食わずにシビレタ〜@。 6月の江戸川土手でのバーベキューランの際に、わぐさんはうちの女房を口説いていた。(変な意味ぢゃないわよ。)「ゴンさんと防府に行きたいんです。オイラたちが唯一参加できるエリートレースなんです。ゴンさんは奥さんがいいといえば行くとのことですので、お願いしますよ。」 そんなことがあって防府を気にしてはいたが、まさか行くとは考えていなかった。しかし10月のある日、ふと新聞を見るとJ○Lのバーゲンフェアーの一面広告が目に入った。「12月1日から12月14日まで。羽田―山口宇部間10,000円。」往復2万円、これなら行ける。早速J○Bに手配し、宿も防府の観光協会にアクセスし、1泊2食付5,000円の宿を予約。これで準備万端である。わぐさんに連絡を取り行く決心をする。 朝4時過ぎに起き、身支度をして5時女房に柏駅まで送ってもらう。周りは真っ暗。土曜日のため人影もまばらである。駅に行くエスカレーターの前で「お兄さん、どう?」とアジア系の女性から声をかけられる。「何じゃこいつは、朝っぱらから」と思い無視。電車に乗り込み羽田空港へ。 空港でわぐさんと待ち合わせして、荷物検査へ。ここでサロマで私がやったことをわぐさんがやった。バックにナイフが入っていたのである。機内持ち込みができないので便名氏名等を記入し係員に渡す。 無事検査も終わり朝食にすることにする。もちろんうどん。それもとろろうどん。カーボローディングを考えてである。そうこうしているうちに機内搭乗案内のアナウンス。今回はどんなアテンダントがいるのだろうと期待で胸がいっぱい。レースのことは頭に全然ない。観光気分である。 運良く右窓側の席が取れたので離陸から外の風景を楽しんだ。横浜、鎌倉、江ノ島、富士山ときれいにはっきりと見える。(写真もしっかり撮ってきました)そんなことに夢中になっているので今回はアテンダントについてのコメントはパス。 順調に飛行を続け、予定より15分遅く山口宇部空港に着陸。滑走路が濡れている。雨が降っているようだ。到着ロビーについてわぐさんが一言。「小さいターミナルビルビルですねぇ。」そういわれてみればそうである。大宮駅と比べたら月とすっぽん。その割には駐車場1,400台、それも無料。誰が使うんだ?と疑問に思う。 空港から新山口駅までの連絡バスに乗りこむ。(これがまた座席の幅が狭いのね)途中雨が強くなり、二人で「傘持ってきてないよ、どうしよう。」と考えるが、新山口に近づくにつれて止んできた。新山口駅は空港より立派な駅である。さすが新幹線、それも「のぞみ」も停まるそうだ。切符を買い在来線ホームに向かったが、こちらはお粗末。車両も2両。「わぐさん、このドア手で開けるんじゃないの。」「いや栃木や茨城の田舎じゃないんですから自動でしょう。」(ままちゃんのところは電車のドアは手動?そんな田舎じゃないって怒られそうね。ゾウさんのほうが当てはまるかな?) 防府駅まで16分、駅は2つ。途中の駅前では某私立高校の校舎建築が行われていた。(現在は防府駅より徒歩20分ぐらいのところにあるので、完成後は非常に便利だろう。しかし周りには何もない。)のどかな感じをさせながら10時28分到着。階段を下りると「歓迎・第34回防府読売マラソン大会」の横断幕が。それを見た瞬間、車内の雰囲気とは一転、一気に緊張してきた。 早いけれど宿に直行。安い宿なので期待していなかったけれど、まあまあの建物。中に入ると女将さんとおばあちゃんの歓迎を受ける。(タイガさん、サロマの豪華旅館黒川旅館の雰囲気みたいでしたよ。)部屋に案内され、またまたびっくり。一人一部屋である。お茶とお菓子のもてなしを受け、これからの行動を考える。お土産を見たり、観光しようと出かける。駅の売店や反対側にはサティがあり、そこで物色するが、これといったのもがない。観光案内所に向かいアドバイスを受けるがこれもちょっとといった感じ。仕方なく防府天満宮に行こうとなり、男二人でブラブラ。商店街があるが寂れている。昔からの街並みだが、駅反対側のサティにお客さんが取られているようだ。歩いて15分ほどで到着。ここは学問の神様菅原道真公を祀ってあるので、完走のお願いをしても効き目がないかもしれないが、子供たちのためにお参りし、お守りを購入する。宮前の土産物屋を見てもぱっとしない。駅まで戻って昼食。お昼ももちろんうどんと炊き込みご飯。朝のうどんと違って汁が透明。だしがうまく出ていてとても美味しい。値段も手ごろである。 開会式までまだ2時間近くある。男二人でサティをブラブラ。同じようなマラソン参加者たちがいる。店内ではエチオピアからの招待選手を見かけ、「おおっ、やっぱりエリートレースって感じ?」なんて思ったりした。 開会式会場は駅前の「アスピラート」という市の施設で行われた。恒例のお偉いさん方の挨拶や招待選手の紹介、選手宣誓があった。選手紹介でエチオピアの選手がかましてくれた。ゼッケン2番のポーランドの選手が紹介されたときに、自分と間違えて前に出て手を上げてしまったのである。場内爆笑の渦。本人も照れていて、たぶん顔から火が吹いているんだろうけど、われわれと皮膚の色が違うため赤面しているのがわからない。そんなこともあり和やかな雰囲気で開会式は終わった。この選手はレースでもかましてくれました。これは後述します。(またまたタイガさん、サロマと違って飲み放題食い放題、もちろんおねえちゃんたちのダンスはなしよ。) 下見バスに乗りコースを見学。一通り回って宿に戻り軽くジョグ。周りにはジョグしている人が多く、「やっぱり違うねぇ」などとわぐさんと話しながら軽く調整。 お風呂も早く入れてもらいさっぱりして夕食。ありきたりのメニュー(鯛の刺身、鳥肉の味噌汁風鍋、牛肉の小さいステーキパスタ添え)だが、ステーキなどは座ってから焼いてくれたり、梅干が食べ放題だったり、「この間Qちゃんがお餅一つ少なかったから走れなかったって言ってたから、つけてあげるわね」と女将さんが言って、鍋にはお餅をつけてくれたりと、心がこもった夕食となった。 わぐさんが「飲まないで平気ですか。」(わたしゃアル中かい)と聞いてきたので、「食事が終わってから買いに行くよ」と返事したが、食べ終わったらお腹が落ち着いてしまったので肝臓の休養とした。 おのおのの部屋に戻り明日の準備にとりかかる。ゼッケンにはkaneboの文字が・・・。ランシャツにつけ、ブドウ糖をビニールに入れランパンのポケットに入れたり、持ってて行くものを再確認して準備完了。 いよいよ明日である。わくわくしながら床に入った。 ふぐを食わずにシビレタ〜A。 「ブゥゥゥゥー」新聞配達のバイクの音で目が覚めた。4時半だった。 昨夜わぐさんと「フルの前夜は寝つきが悪いんですよねぇ、ゴンさんはそんなことはありませんか。」「俺は大体眠れるよ。」なんて会話があったが、やっぱり体は正直で緊張しているらしい。仕方なくトイレに行き、また布団にもぐりこむ。うつらうつらを繰り返し6時半になった。朝食は8時。まだ時間もあるし、気分転換に散歩に行こうと外へ出た。 ものすごく寒いので、一瞬にして目が覚めた。5分も歩かないうちにジョグしている人に出会う。「とんでもないレースに来ちゃったんだなぁ。」と感じているうちに、また一人、そしてまた一人。散歩しているのは私ひとり。恥ずかしいような情けないような気持ちで宿に戻る。 朝食は、鮭、のり、漬物、味噌汁(もちろん丸餅2つ入り)ご飯2杯半、そして焼きたての目玉焼き、梅干と文句のつけようがないものである。ゆっくり食べてくつろぐ。散歩のことをわぐさんに話すと、「やっぱり違いますねぇ〜。」と感心している様子。部屋に戻り荷物の置き場所を女将さんに聞きに行くが、帰ってくるまで部屋に置いていていいとのこと。これが小さい旅館のいいところである。 9時15分旅館を出て防府駅へ向かう。競技場までの送迎バスが8時半から30分ごとに出ている。片道270円、10km含めても800人ちょっとのレースなので混み合う事もなく立っている人はいない。10分ほどで競技場に着いた。隣の駐車場は車でいっぱい。「やっぱりこちらは鉄道の便が悪いので車なんでしょうねぇ。」とわぐさん。 出店を見ようと行ったが一切なし。選手受付、山口放送、読売新聞、お弁当屋のテントしかない。普通の市民ランナーのレースとは違うのである。 選手控室(といっても競技場の倉庫でした)にいって場所をとる。周りを見ると他の選手たちもいるが雰囲気がいつものレースとはまるで違う。実業団のブレーカー、走りこんでしまっている体、みんな速そうである。いやみんな速いのである。だからここにいるのである。 「今日は東京狙ってみて、途中で悪かったら別大狙うよ。」そんな会話が聞こえてきた。「んっっ、東京?30分切り?ズドンが来ても40分切り?えらいところに来ちゃったなぁ。どうしよう、俺みたいななんちゃってランナーなんて一人もいないよ。」と後悔先に立たず状態。隣に座っているわぐさんもやっぱり緊張気味でやや放心状態に見える。(実は密かに集中してたんですね。)気を紛らわそうと外に出ても、出店はないし、仮設トイレも全然並んでないし?、歩いている選手たちを見ても余計緊張する。仕方なく控え室に戻ると流山CJの別大ランナーAさんとMさん親子を発見。早速話しかける。「Aさん、おはようございます。」「あれぇ、ここでも一緒?」 彼とは結構レースで一緒になることが多い。3月の荒川に始まり、大凧、東京シティ、スイカ、流山、手賀沼、つくばと、距離は違うことがあっても同じレースを走っている。ひとつ年上で目標の一人でもある。昨年のつくばでは35分台、今年の別大を37分台で完走している。今年は大田原、つくばで失敗しているそうで、今回はリベンジのようだ。しかし4週間で3回のフル、結果は・・・。 Mさん親子は息子が走り、父親は応援である。MさんJr.とは朝走っているときよくすれ違う。Mさんが1km地点の右側に流山CJの幟を立てて目印にしてくれるそうだ。これはものすごく助かった。1kmごとの表示はあるが道路に書かれているので、最初の2,3kmは集団で走るのでわからないことが多いと、下見の際に説明した方が言っていた。 しばらく話をして気が紛れたが、席に戻ってくるとついつい耳がダンボになってしまい、周りの会話を盗み聞き。聞かなきゃいいのに、聞くと平静を装ってはいるが、心臓バクバク、ガツやハツ、レバー、コブクロ(男にはないのね)の類が口から出てきそうな感じ。トイレに行ったついでにキ○タ○を触ってみたが、完璧に上にあがっていて緊張状態である。(リラックスしていると下がっているそうです。昔、武士が戦に出かけるとき、大将が袴の下から手を突っ込んで、ムンズとつかんで垂れ下がっている奴を戦闘の先頭にしたとか。ランに関係ない話ですんません。) わぐさんが「ちょっと走ってきます。」と出て行った。時計を見ると10時45分。スタートの1時間15分前である。「あれぇ、いつもアップは1時間前ぴったりに行くはずなのに、今日はどうしたんだろう。高校から大会経験豊富なわぐさんでもやっぱり緊張してんのかなぁ。」 「外は暖かいですねぇ。」とわぐさんが帰ってきた。11時になったので二人でアップに行く。競技場の周りを3周ほど。本当にゆっくりゆっくり、LSDのように走る。1時間前になるとみんなアップをし始めた。そこでも私たちとは違うのである。我々がハーフや10kmでするようなアップをフルの前でやっているのだ。「ゴンさんはフルの前はどんなアップしますか。」「ほとんどしないよ、体力温存。これに限る。」「一緒ですねぇ。」なんて会話をして控室に戻る。そして最後のエネルギー補給を行う。 つくばでわぐさんがkenちゃんにいっぱい食べさせていたのを見て「こんなに食べて大丈夫?」と質問したところ「これでエネルギー切れはおきませんから大丈夫ですよ。」と言っていたので今回は結構食べた。隣の選手を見ると、おはぎ2ヶ小さめの大福4ヶ一心不乱に食べている。「こんなに食べて胸焼けしないのかなぁ。」と余計な心配をする。 いよいよランシャツランパンに着替え、体が冷えないようにして待つ。スタート20分前、わぐさんが「ちょっとトラック走ってきます。」と出て行った。「お〜い、俺を一人にしないでぇ〜。」緊張のピークである。追っかけるようにトラックに出て行きジョグ。走ると少しは気が紛れるので周りを観察することができる。走っているフォームがみんな綺麗である。上空にはテレビ中継用のヘリコプターが飛んでいる。
先日HIKOさんが完走記の中で書かれた「サブスリーへの道」の仲間を発見し、少し会話をして並ぼうとすると、
少しの会話をして綺麗なフォームで10km通過38分51秒、(5km19分31秒)。ここから2kmぐらいは工場地帯を走るので応援がない。しばらく気を紛らわすものがないので我慢して走る。13kmあたりで防府の市街地を走る。歩道には小さい子供から、車椅子に乗ったお年寄りまで多数の市民が応援してくれる。小さい子供には手を振る代わりに「ゲッツ」をやってあげると大喜びだ。
「来年もまた来ます。たぶん4人位で来ると思いますのでよろしくお願いします。」(HIKOさん、Kenちゃん、予約しておきましたからね。)と挨拶し旅館を出た。 |