| ゴンちゃんのレース完走記その4 |
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| 第18回サロマ湖100kmウルトラマラソン完走記 2003年6月29日 |
| 帰ってきたウルトラマン またまた始まりますが、今年もよろしくお付き合いのほどを。 今年は緊張感まるでなし。これじゃ完走どころか、70kmまで行けるかなぁ。 これが出発前の素直な気持ちだった。 昨年味わった地獄を忘れ、また申し込んでしまったサロマ。それも自分の40歳の誕生日に・・・。 今年はタイガさん、さんすりーさん、将ちゃん(せきぽんさんの舎弟)と私の4人でサロマに乗り込む。昨年同様羽田で待ち合わせ。将ちゃんは仕事の関係で土曜日から。9時50分集合完了し、今年も何かやってくれそうな東○ナビジョンのおねえちゃんから航空券を貰い、お弁当を買いにコンビニへ。相変わらず私とタイガさんは弁当を無視して飲み物コーナーへ。朝っぱらから二人でビールを探す。「発泡酒だったらア○ヒス○ークスだぁ」なんていいながら籠に2本入れる。(ス○ークスは後にも出てきます)弁当も買って搭乗窓口へ。 今年はたいした混雑もなく、すんなり行くかと思いきや、バックの中に鋏が入っていて、(ビニール袋カッパを作ろうと入れてきたものです。決してハイジャックなど考えておりません)便名、名前等々質問され、またまたスタートからつまずいてしまった。 85番ゲートの前に行き出発時間を待つ。このとき既に2本目に突入。タイガさんは「もう飲んじゃったの?」さんすりーさんは引き気味。搭乗の案内があり、今年も飛行機までバスで行く。「やっぱり幹線以外の空港は直接乗れないんだなぁ」なんて思いながらも、「今年も飛行機の写真が撮れるぞー」なんてにやつく。バスから降りると簡易エプロンがあり、タラップではない。これじゃ飛行機に近づけない。ここでもつまずく。 機内に入ると、サロマンブルーの丹代さん。国際ウルトラランナーズ協会会長のマルコム・キャンベルさん。そして我々が座ったあと、隣に巨人軍団の斉藤親分が乗り込んできた。飛行機の雰囲気がウルトラ一色に塗られていく。 多くのウルトラマン立候補者を乗せた飛行機は、予定より10分ほど遅れて離陸。今年はJA○とJA○がネットワーク化したため、女満別行きはすべてJA○である。客室乗務員については昨年の走録に記述済みなので省略するが、今年はN○Kのドラマの影響で、多少なりとも可愛い子がいるかなって期待していたが、やっぱりこころはいなかった。(当たり前か)。 弁当も食べ、機内でくつろいでいるうちに女満別空港に到着。そこからまたまたバス攻めに会うが、今年は羽田で「○号車にお乗りください」と指示されていたので、すんなりと乗車できた。(今年は改善されてましたね、東○ナビジョンさん) 1時間半ほど揺られ、湧別町の受付会場へ。体育館に行くと、湧別小学校の6年生が担当し、袋を元気よく取りに行っている。自分たちで作ったお守りを一人一人に渡し、「頑張ってください。完走してください」と激励してくれる。たぶん授業の一環としてやっているのだろうが、その姿に感動し、私の担当の子供たちと写真を撮った。 「さあ、ホタテでも食って、生ビールでも飲もうかぁ」と探すが、今年はそんな雰囲気ではない。涼しいを通り越して寒いのである。ホタテの代わりにカニ汁が売られており、タイガさんは美味しそうに飲んでいる。私もあたたかいのを食べたかったが、なにせエビ、カニの甲殻類がアレルゲンとなり、ひどい時は体全身に蕁麻疹、呼吸が苦しくなることがある。匂いだけでも勘弁なのに食べられるわけがない。 またバスに乗って宿のある常呂町へ。今年も超豪華ホテル、黒川旅館でお世話になる。荷物をクロークから引き取り、早速レストステーションの荷造りに。天候がわからないので中途半端に終わり、そのまま風呂に突入。今年は常呂町営の銭湯に行きのんびりと浸かって、これから始まるホタテ攻撃に備える。 夕食になり、今年はホタテの刺身が2切れあるだけで、これでもか、これでもか、のホタテ攻撃がない。ホタテ攻撃はいやだと言っていたものの、多少は期待していったので拍子抜けである。しかし他の料理も美味しく、ついつい完食してしまう。 食事前に買った缶チューハイを3人で飲んで、「明日は網走観光だ。ムショに収監されないように気をつけよう」などとくだらないことを言いながら、呑兵衛オヤジ2人と好青年の初日の夜は更けていくのであった。 観光気分のオジサン二人と青年。 いつもの時間に目が覚め、「まだ4時だぁ、もう一眠りしようっと」と二度寝。再び5時に目が覚める。さすがに眠れそうにもないので散歩へ行く。今日は網走まで観光しに行くのだが、路線バスに乗るためバス停の確認も兼ねている。バスターミナルまで歩いて2分。その裏手には広大なオホーツクの海が広がっている。東の空には薄い雲の中から太陽がみえ、海面はキラキラと輝いている。砂浜を歩いていると釣り人発見。ちょうどヒットしたところで、魚が釣れた。「おはようございます。何が釣れたんですか?」「ホッケだよ。これで二匹目。あとはカレイが一匹」30cmぐらいのホッケが二匹クーラーの中で泳いでいる。釣り人と別れて帰ってきたらさんすりーさんがお目覚め。朝食の時間は6時半。バスの時間が7時15分だから仕方ない。 バスターミナルで網走行きのバスを待つ。こんな田舎のバスだからほとんど乗ってないだろうと思っていたらバスが到着。降りる人が5,6人、それも全部オバちゃんたち。この人たちは何だろうと見ていたら、ホタテの加工工場のワゴン車が迎えにやってきた。通勤に使っていたのである。そして我々3人とオバちゃん一人、野球部の高校生が一人計5人乗って出発。田舎だからバス停の間隔が長いんだろうと考えていたが、車内放送が頻繁にバス停の名前を告げており、それは間違いであることがわかった。途中から女子高校生が2人、また違うバス停から1人と次々に乗ってくる。総勢12人になった。こちらでは重要な足なのである。常呂町から網走まで約35km。これじゃチャリンコ通学到底無理。(競輪選手になりたかったらこちらに引っ越しましょうね。) 途中のバス停で「やまざきたくまえ」「きたむらたくまえ」「にしたくまえ」と言うのがあった。「何じゃそりゃ、へんてこりんなバス停だ」と通過していくバス停を必死になってみていると「山崎宅前」「北村宅前」「西宅前」と家の名前がバス停の名前だったのである。地名とか字の境界が広くて付けられないんでしょうね。 45分ほど揺られて網走バスターミナルに到着。早速定期観光バスの乗車券を購入しバスに乗り込む。えっ、我々3人だけ?貸しきり状態?ちゃんとガイドさんもついていてなんか悪い感じ。出発し網走駅から3人乗ってきて、計6人、それも全部野郎。それでもバスは出発。能取岬へ。ここに灯台があるが、普通灯台と言えば、白一色とか、赤と白と決まっているのだが、ここは白と黒の縞模様であった。冬になると雪で辺り白一色。そうなると灯台が何処にあるかわからなくなってしまうので白黒になっていると、かわいい入社一年目の初々しいガイドさんは説明してくれた。 そこから天都山に行き、流氷博物館へ。氷点下20度の世界を体験する。入場時に濡れタオル一本貰い、中で振り回すとあっという間に凍ってしまう。これじゃバナナで釘が打てるかもしれない。(昔コマーシャルでやってましたね)。南極の氷もあり、自由に触って流氷を思いっきり体験した。 それからいよいよメインの博物館網走監獄に。今までの悪事が全て明らかになって収監される時が来た。鉄格子の門をくぐり中に入る。これでしばし娑婆ともお別れ。出所の際は若い衆が「お疲れさんでした」なんて出迎えに来ているのだろうかと、くだらないことを考えながら、博物館のガイドさんの説明を聞く。実際に使われていた部屋にも入れるし、いろいろな仕掛けも見ることができる。一回りしてバスの出発時間となり、これで観光は終了。また路線バスの乗って宿まで戻る。 開会式行きのバスに乗り湧別町へ。タイガさんが、将ちゃんと待ち合わせの電話を入れるが、将ちゃんは強制的に拉致されて宿行きのバスに乗せられてしまったので宿にいるとのこと。「なんだぁそりゃ」とタイガさんご立腹。東○ナビジョンさん。もう少し融通きかしてくれてもいいんじゃない? 昨年同様飲み物料理とも豊富にあるが、始まったとたんあっという間になくなってしまった。ビールも飲み干したら、スパー○スを配っている。一人一本ですと言っているが何回も何回も行って、結局タイガさんと二人で14本ゲット。アシックスのシューズ袋に入れて持ち帰る。 ステージ上では昨年同様ジャズダンスで盛り上がっており、「あ〜、サロマに来たんだなぁ。いよいよ明日か。」と実感する。 宿に戻り部屋に入ると、緊張した面持ちの将ちゃんがぽつんと座っている。宿も満室で食堂で食事ができないので部屋に運んで夕食。4人でビールで乾杯し、明日の完走を誓い合う。男同士の固い固い杯である。(開会式でもたらふく飲んで、帰ってきてからも飲んでますね) 恒例の寝酒の缶チューハイを空け、9時布団に入る。まるで子供のようである。こんな時間に寝れるのかなって考えていたらいつの間にか(-_-)zzzだった。 2時の朝食まであと5時間・・・。 おじぃとおばぁ 午前1時55分、携帯にセットしておいたアラームがなり起きる。短い時間だがぐっすり寝ることができ目覚めは快調。タイガさん、さんすりーさん、将ちゃんもそれぞれ起きた。早速午前二時の朝食が部屋に運び込まれた。 将ちゃんがテレビをつけると、フジテレビの27時間テレビがやっていて、さんまと中居がハイテンションで喋っている。そして鶴瓶の寝込みを襲い、寝ているところを起こしている。水をかけたりして起こしたら、上半身裸。これでもう先が見え見え。布団をはがそうとしていて、下半身部分に黒いパンツが見えた。最後に布団を取ると鶴瓶が自分でパンツを脱いでいて、一瞬黒いジャングルが映った。竿やお稲荷さんは映らなかったが、やっぱりこんなもんだとフジテレビを軽蔑してしまう。しかしまぁ、こいつらは仕事とはいえ夜中なのに五月蝿いやっちゃなぁなんて話しながら食べ始める。やはりこんな時間だから食事も思ったように喉を通らない。無理やり押し込もうとするが、口、喉、食道、胃、腸と内臓すべてが拒否状態である。それでも食べておかないと走れないので詰め込んだ。 バスを待つために外に出ると、雨の降っておらず、そんなに寒さも感じない。3時5分迎えのバスが到着。宿に宿泊している全員バスに乗り込む。いつものように一番後ろに座り(社内旅行でも、学校の遠足でも悪い奴はなからず一番後ろに座りますね)すぐに寝る。車内はこれから始まるレースを物語るかのように、シーンと静まりかえっている。 40分ぐらい経っただろうか、シャーという音に気づき目が覚める。外を見ると雨。土砂降りではないようだか、バスのワイパーはしっかり動いている。湧別町に向かう車が、赤いテールランプを車道にも照らしていく。 スタート地点の湧別町総合体育館についた。霧雨が微かに降っているようだ。この雨が完走の感動の涙なのか、それともリタイアの悔し涙になるのか、それは神のみぞ知ることである。(特定の信仰宗教はございません) 早速荷物を置いて、脱糞しに行く。並んでいたら体が冷えてきた。おなかの調子も今一のようで、下っ腹が痛くなってきた。早く出してぇ。こんなときは必ず前の人の用足しが長く感じる。イライラしながら時計を見るが、1分も経っていない。人間の心理って不思議なものだ。ようやく前の人が出て、個室に入り座った瞬間出るべきものが出てサッパリ。しかしちょっといつもより気合と一緒で緩んでいるようで、ちょっと心配。 みんなのところに戻ったが、さんすりーさんと将ちゃんはストレッチをしたり、足に薬を擦り込んだりしているが緊張の色は隠せない。反対に緊張のきの字もない私はカステラを貪り、タイガさんはメールを打っている。しばらくしてさんすりーさんは個室に。将ちゃんと私は荷物を預けに行く。外に出たら、霧雨が先ほどより強くなっている。タイガさん、さんすりーさんも荷物を預け準備万端。いよいよスタートである。じゃあ行きましょうかと声をかけたら、今度は将ちゃんが個室に。スタート10分前である。間に合うのかなぁと心配だったが、出物腫れ物ところかまわずだからこれだけは仕方ない。(案の定、将ちゃんは、スタートのピストルを個室の中で聞き、それからスタート地点に行ったそうです。) スタート地点にタイガさんと並ぶ。ビニール袋を被り、クールヘッドを首に巻いて寒さを凌ぐ。そして昨年と同じように、沖縄から来た人だの、関東地方からだの、地元北海道はとか、10回以上参加している人だの聞いている。いよいよ1分前。30秒前、ランナーでカウントダウンが始まる。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1、0、あらっ、不発?パンッ。そうです雷管が霧雨で湿っていたのでちょっと遅れちゃいました。今年もやってくれましたねぇ、湧別町長さん。 いよいよ100kmの旅が始まった。雨も結構本降りになってきていて、ビチャビチャとランナーの足音だけが辺り一面響きわたる。みんな結構いいスピードで走っている。これに惑わされることなく、タイガさんと歩を進め、入りの1km5分40秒。計ったように考えていたタイムだったので思わずニンマリ。 2km付近に特別養護老人ホームがあり、昨年はおじぃやおばぁたちが応援してくたが、「今年は雨だからいないでしょうねぇ」なんてタイガさんと話しながら走っていると、なんと今年もいるではないか。それも朝5時過ぎ雨の中。おのおの手を振ったり、旗を振ったりしてランナーたちを応援してくれている。思わず熱いものがこみ上げてきた。近づいて手を振り、「ありがとう、頑張ってくるね」と応える。職員の方も早朝から出勤して大変だろう。それでもランナーたちを応援してくれる。寒さの中のスタートだったが、心の中にほんわかとした温かさを貰ったようだ。 順調に走り、5kmのラップが28‘07。いいペースである。途中何度もタイガさんと連れション。一人やりだすと同じ場所で何人も用をたす。「やっぱり連れションってあるんだぁ」と言うと、他のランナーから「見てるとこちらもさっぱりしたくなるもんでね」と笑いながら放尿。「あ〜、サッパリ。これでまた気持ちよく走れるよ。」と言ってコースに戻る。10km56’08。ほとんどイーブン。 竜宮台の折り返しを過ぎ、さんすりーさんを会う。順調のようだ。将ちゃんはまだすれ違っていなし。昨夜の話を確実に守って走っているようだ。「入れ込まずに、ゆっくりと入るんだよ」とタイガさんと私がアドバイスした。しばらくして将ちゃんが来た。笑顔である。こちらも順調。「これじゃ4人全員完走かな」なんて思いながら、一歩一歩ゴールに近づいていくのであった。 てんこ盛り。 今年のサロマは心強い。昨年走っていてコースも熟知している。エイドも充実している。気温も走るのにはもってこい。それよりも一番心強いのは、スタートから一緒に走っているタイガさんの存在である。一緒に走りましょうと言ったわけでもなく、二人で並走している。ウルトラのいいところは話しながら走れることで、くだらないことから、腸頸靭帯を痛めない路面の選び方だとか、昨年ここでどうしただとか、ピンからキリである。 そんな二人を別れさせることが起こった。それは30km手前で私が腹痛を起こしたのである。走りながらリュウ化メタンガスを放出しようと力んだところ、水戸様あたりに違和感があり、水様性物質が出てきそうになった。「オッ、これはまずいぞっ」とかわいい桃を締め我慢した。幸いにもすぐに個室を発見。これまたウンよく人が出てきた。「タイガさんトイレ行きますから先行ってください。」と言って個室に入った。さすがに30km近く走ってきている足には、和式は辛い。足が震えだしているので、早く出さなければ攣りそうだ。あと2分しゃがんでいれば間違いなく個室のつぼの中に落ちて、ウンがついてサブ10できたかもしれない。(そんなことはないか) 再び走り出してタイガさんを探すが全然見当たらない。仕方ないので一人旅。天候が悪いので周りのランナーも話し一つせず、修行僧のようにもくもくと足を進めている。そろそろ35kmのエイドの前に来た。おおっ、タイガさんの後姿じゃないか。思わずカメラを出して写真撮影。エイドでタイガさんと合流。ここでスイカ、アンパン、梅干、レモンをお腹の中に入れる。今食べたものが即エネルギーとなって、普通の血管はもとより、毛細血管の隅々まて行き渡り、力が湧いてくる。それよりもパワーを貰ったのが、エイドの中高生たちの応援である。「頑張ってください。」「ファイトです。」次から次と来るランナーに、エンドレステープのように声をかけてくれる。本当に頭が下がる。いくら授業の代わりだからといってもこうはできない。(翌月曜日が代休だそうです)「ありがとう、じゃ行ってきます。」と応えていざ国道へ。 国道に入り何のトラブルもなく走れている。前方に初老の男性(サロマンブルーです)と若い女性が並んで走っている。近づいていくと男性の背中に、「今年18回目の挑戦です。娘と一緒に走ってます。皆さんのパワーをください。」と書いてある。「あ〜、確か昨年はこの方ひとりだったよなぁ。握手してパワーあげますって言った記憶があるわ。」と思い出す。そして今年も抜いて「パワーあげますよ。」と握手をした。タイガさんに「娘と走れるって最高ですねぇ。」と言うと、「でもヒャッキロだよ、ヒャッキロ。」 そこでふっと、「このお嬢さん、もしかしたら結婚するのかなぁ。最後の想い出作りに、お父さんの大好きなマラソンを選んだのかなぁ。それもウルトラを。」なんて勝手なことを考えていたら、なぜかわからないが目から汗が出てきた。「はーこやこう、ほのとこうやって一緒に走れたら最高だろうなぁ。」 今年のフル通過時間は4時間ちょっと。昨年よりも6分ぐらいゆっくりなペースである。42.195kmのモニュメントの前でタイガさんと写真を撮りあう。ここから見るサロマ湖は雄大で、潮のいい香りがするので本当の海と間違いそうになる。ここを通過すると徐々に上りが始まる。同じペースで走ってエネルギーを使い果たすのはもったいない。「そうだ、パワーバーを食べながら走れば自然とスピードが落ちるし、グリコーゲン補給にもなるし、一石二鳥だ。」とむしゃむしゃ食べながら走った。レストステーションの縁館が見えた。しかし道が曲がっていて、見えてもまだ4km近くある。「ここで昨年気が抜けたんだっけ。」と思い出し、気合を入れる。 54kmの緑館でTシャツだけ着替え、タイガさんとTEAM走り屋のランシャツを着る。おにぎりなど食べ、足にサロンパスをかけすぐに出発。われわれの目的はここではない。このちょっと先の道の駅サロマである。ここのパンプキンソフトクリームを食べるのが第一目標である。昨年も寄り道して食べたら、もうほっぺたが落ちるような美味しさで、また今年も食べようと頑張ってきたのである。 店内に入り、おにいちゃんに注文する。「レースから抜け出してきたんだから、てんこ盛りにしてよ。」「はいよ」出てきたソフトクリーム、ほっかいどう、でっかいどうとはこれいかに。クリームの部分だけでも25cmぐらいはある。二人でむさぼりついていると、周りの観光客から、「走り屋頑張れよ。」「そんなにおまけしてもらっちゃ、完走しないわけにはいかないな。」などと声援を貰う。「それじゃ行ってきまーす。」と店を出て歩きながら食べる。後ろから来るランナーたちは、「なんじゃ、こいつら。」という目でみて抜いていく。「走ること以外にも楽しみはたくさんあるのにな。」と思っていたら55kmの看板があった。 あとフルとアップでゴールだ。 やっぱり、寒くてもビール。 残りが40km近くになった。この辺は小刻みながらアップダウンがある。タイガさんと申し合わせたように、「上りはゆっくり、下りはちょっと速く」こんな感じでクリアーしていく。50km付近のエイドから水分の取りすぎのためおなかがタポタポしている。60kmのエイドでは水気は完全に無視。梅干に黒砂糖のみを摂った。(ボトルの中に水とレモンスライスを入れてあったので、いつ飲みたくなっても大丈夫でした。) ここで熱い熱い二人に異変が起きる。タイガさんと別れてしまったのである。ここまで二人で育ててきた愛に終止符が打たれた。どちらが別れようと切り出したわけではないのだが、記者会見によると、お互いの生活のすれ違いと、性格の不一致が原因のようである。(よくある芸能人の離婚記者会見の内容ですね。)私がここのエイドでほとんど素通りに近かったので離れてしまったのだ。てっきりすぐ後ろをタイガさんが走っているんだと思って、振り返ったら誰もいない。待っていようか悩んだが、止まってしまったら足が動かなくなる。タイガさんには悪いがそのまま行かせてもらった。62km付近で国道から一度離れる。ここは昨年のデットポイントで、両方の腸頸靭帯をやられた場所である。今年はスタート直後から左がムズムズしていたので心配だったが、今のところ問題ない。このままの調子で行きたい。若干ペースは落ちてきてはいるがまだまだ走れる。 64kmのトイレで用をたし、出てきたらタイガさんがトイレに来た。「先に行っていいよ」と言われたので、「はい、じゃ行きます。」と言って先に進んだ。ここから一人旅の始まりである。「みちのく、ひとりたびぃ」とジョージ山本の唄になってしまった。遥か彼方にはお汁粉エイド、鶴雅リゾートが見える。でも後10kmもある。 65kmのエイドでも水気はなしで梅干のみ。ここのエイドをでたら、一人の青年が話しかけてきた。「間違っていたら申し訳ありませんが、トライアスロンやってませんか?どこかで同じユニフォームを見たことがあるんです。」「私は泳ぎがダメなんでやってませんが、仲間でやっているのは何人かいますよ。」いろいろ話をしているうちに東京の人で、昨年初参加。やっぱり70kmから地獄を味わったそうだ。「やっぱり最初は皆同じなんだなぁ」と思いもっと話をしようとしたら、この方いきなり脇道にそれて出しに行ってしまった。 私設エイドで有名な浜佐呂間に入った。ここでは毎年居酒屋「白帆」(間違っていたらごめんなさい)の女将さんを中心に、心のこもったもてなしをしてくれる。昨年は30度近かったため、氷で冷やした濡れタオルだったが、今年はお湯で温めたタオルであった。この温もりが一人旅が始まった淋しい気持ちを癒してくれる。きゅうりの漬物や、トマト、パン、バナナ、お茶に水。すべて自腹である。こんな方がいるから苦しくても来年もサロマに来ようという気持ちにさせるのでしょう。 足もだんだんと言うことを聞かなくなってきている。ラップもそれを正直にあらわしている。キロ6分を越えることが多くなってきている。このまま潰れてはなるものかと、「お汁粉まで頑張ろう。」と目標を作る。ここの5kmをお汁粉タイムも入れて何とか36分台で通過。あと25kmだ。走っているのか歩いているのかわからないスピードだが、何人か抜くことができる。 とうとう地獄のワッカの入り口に入った。最初の上りにはびっくりさせられるが、経験済みなのでなんともない。ここで急に足が軽くなった。奇跡の復活である。ウルトラを走ると必ず奇跡の復活があるという。「これか、復活って。」タイムもキロ6分を切っている。スイスイ走ることができ、昨年全然見られなかった、エゾスカシユリや「しれーとーこの岬にハマナスの咲くころ」の知床旅情の歌詞のハマナスも綺麗に咲いているのがわかる。 鼻歌交じりで走るが、この奇跡の復活、最後までは続かないもので、第二湖口の折り返しを過ぎた91km付近で右足の腸頸に痛みが・・・。 そこからはストレッチングと走りを交互に繰り返し、90kmから95kmの5kmで40分かかった。それでも昨年に比べれば走れるし、残りはあと5km。いよいよカウントダウンが始まった。ワッカの出口の急な上り坂をゆっくりゆっくり走り、凌ぐ。 とうとうラスト2kmになった。沿道の応援も増えていき、「あと10分の辛抱だよ。」に対し「このスピードじゃ12分37秒かな。」なんて冗談を言ったり、ハイタッチしたりしてゴールを目指す。 あと1km。ここまでくれば完走はもちろん、10時間台のタイムでゴールできる。ここでも復活があり、足も軽やかに進む。右折しゴールは目の前。今年はアナウンスがはっきりと聞こえる。18○番ゴン選手フィニッシュです。 メダルとタオルをオバちゃんからかけてもらって「あ〜、今年も完走できた。楽しかったぁ。」と昨年とは違った感動が湧いてきた。アイシング用の氷を持ってきてくれた高校生に写真を撮ってもらい、マッサージへ。ここでも常呂高校の生徒が大活躍。カーリングホールに行くと、「シャワーですか、マッサージですか。」と聞いてくる。ちょっと危ない大人だったら変な想像をするが、そこはランナーなので大丈夫。「マッサージお願いします。」と言うと、シューズの紐を解いてくれ、すべての荷物を持って案内してくれた。そこには高校3年生の女子生徒二人いて、「このままでいいの?汗臭いよ。」って聞くと、「大丈夫ですよ。」と明るく答えた。女子高生二人にマッサージされていると考えると、鼻の下がデレーンと伸びていい気分。オジサン丸出しである。丁寧にマッサージをしてくれ、進路の話や、何処に遊びに行くのかとか、いろいろな話をする。本当に素直な高校生である。 着替えも終わりおなかが減ったので、食券片手に物色するが、温かい饂飩や蕎麦は長蛇の列。待ってもいいんだけど背に腹は変えられない。カツ丼に手を出す。飲み物は?決まってるでしょ、寒くてもビール。一気に飲み干して「あ〜、うめぇ。」貪り食って、女房に電話。「完走したよ。」「おめでとう。今ザリガニ釣りに来てるんだ。こっちは30度近くあるよ。」「子供たちは?」「ザリガニに夢中でいいって。」「・・・・・(T_T)」 タイガさんも昨年より大幅にタイムを縮めてゴール。さんすりーさんはナポ店長との電話で70kmで関門とのこと。将ちゃんはわからない。タイガさんと祝杯のビールを飲み、さよならパーティーを待つ。しばらくしたらさんすりーさんから電話があり合流。将ちゃんに電話したら、将ちゃんは宿に帰ってしまった。 タイガさん、さんすりーさんと私の3人でパーティーに。3人で飲んで食って大満足。(このパーティーは命水が持ってこれません。ゲットしたのは枝豆のパックと、乾き物のみ) バスに揺られて宿に着き、タイガさんを先頭に銭湯に二人で行く。のんびり入って疲れを取り、管理人さんと話をして、「今日一日長かったなぁ。」と感慨にふける。 もちろん帰ってから改めて3人で乾杯、命水給水しましたよ。3人って?さんすりーさんはすでに意識不明(-_-)zzz。 帰ってきた、ウルトラマン 「あ〜、あんなに飲むんじゃなかった。」夜中2回目のトイレに行く時思ったことである。今になっては後の祭り。(この言葉の説明を先日、NHK教育テレビにほんごであそぼでやってました。)起き上がるのにひと苦労。そこから歩き出すのにふた苦労。階段降りるのにさん苦労。(今年は一階だったから多少は楽でした。)放出するのによん苦労。寝床に入って、はい、ごくろうさん。とこんな感じである。 6時に常呂町では防災無線が鳴る。そのため否応なしに起こされる。散歩でもと思ったが雨模様。仕方なく帰り支度をして食事を待つ。前夜祭でゲットしたスパークスがまだ8本残っている。タイガさんと4本ずつ分けたが、もって帰るのも重い。「タイガさん、これ持って帰ると重いですねぇ。」とか何とか行って、荷物を軽くしようと体のいい言い訳を作り朝から給水。これが冷えてなくても美味しくて、ついつい2本目に手が伸びる。さんすりーさんと将ちゃんは呆れかえっている。自分自身で「休みだから朝から飲んでもいいやね。」なんて正当化する。 朝食となり、命水のおかげで胃腸が活発となり、ご飯2膳食べ、おかずも完食。となりのテーブルには、今回最年長81歳の高知からきたAさんが座っている。「昨日はどうでしたか?」と聞くと、「10k辺りで足が動かなくなり、結局20kmでリタイアしたよ。」とのこと。しかし80歳を過ぎてウルトラに挑戦すると言う気持ちは素晴らしいし、とても真似できることではない。いくつになってもチャレンジ精神がないとだめなんだなぁと考えさせられた。帰りは観光して火曜日に高知に帰るとのことで、また来年お会いしましょうと約束をした 9時過ぎにバスが迎えに来て、出来損ないのロボット4人組が乗り込んだ。ほぼ満席状態である。乗っている人の様子を見ると、大きな目標を達成した安堵感の顔の人と、残念無念といった顔の両極端であった。それぞれ昨日のレースのことを隣の人と話している。50分ほど揺られて女満別空港に着く。離陸まで30分しかない。急いでお土産を物色し、手当たり次第に購入する。(来年はもう少し余裕をくださいね。東○ナビジョンさん。)搭乗手続きを早くしろと放送しているが、なにせ田舎の空港である。窓口が一箇所しかない。長蛇の列になっているので、ロボット4人組は並ばずに列の少なくなっていくのを待った。 最後に乗り込む形となり、10分遅れで離陸した。機内でも当然残ったスパークスを開け、いい気分。弁当も平らげ、あとは羽田に着くのを待つだけ。徐々に下降していきあと10分で到着のアナウンス。帰りは窓側のため、マリンスタジアム、ディズニーランド、臨海公園、夢の島、お台場、東京タワーとすべて見ることができた。 無事羽田に着陸。さぁここから平然と歩かなくてはならない。機内まではみんなウルトラ参加者と分かっているが、空港内に一歩出たら分かるはずがない。平然と歩いているようでもギクシャクしている。(見ていると笑っちゃうでしょうね。) 4人で「お疲れ様でした」とそれぞれの帰途に向かう。私は途中寄る所があるので将ちゃんと京浜急行のホームへ。ここで電車の方向が違うので将ちゃんともお別れ。将ちゃんが握手を求めてきた。それはそれはこれからの将ちゃんの固い決意が込められているような、力強いものであった。 今回も無事完走できて、楽しく走って帰ってこれたのも、何も文句も言わずに行かせてくれた女房のおかげだと思います。感謝しなくてはいけませんね。 また、心の支えとなった走り屋のメンバーの方々にも、この場をお借りしてお礼申し上げます。 来年もエントリーしようと思ってますが、誰でも走れます。フルを経験してれば大丈夫。TEAM走り屋サロマ会を結成して大挙して乗り込みましょう。 |