リュウさんのレース完走記その14  
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    大島トライアスロン走録  2003年6月8日
大島トライアスロン走録(準備〜渡航編その1)

今回の旅は、現地に行くまでがスリルの連続だった。旅行代理店にツアーの申し込みをしたものの、案内が届かず困惑。渡航3日前にこれを受け取り、いざ宅急便の発送とばかり、仕事を抜け出し車を走らす。ところが、台風が来ていて、「荷物の届く保証ができない」と黒猫マークのデスク。ああ、困った・・・。バイク便に電話で確認すると「確実に届けます!」と二つ返事。ならばと料金をきけば「6万円になります」だと。「えええっ、ろくまん?」と驚きの声をあげ、即ことわる。結局、え〜いとばかり黒猫に荷を託す。こうなったら、ダメなら観光だ!と開き直り、仕事に戻る。なんだかイヤな気分だ・・・。
6月6日、大会前日。大島へ渡航の日。不安というより期待に胸が膨らみ、朝早く起床。なぜか旅行気分でわくわくする。昨夜は輪行袋にバイクを収納するのに、殊のほか時間がかかった。汗だくで午前様になってしまったので、なんか寝不足、だけどワクワク。これって、修学旅行以来の心境だなあ、なんてふと思う。重たいチャリを担いで、いざ出陣。タイガさんと草加駅で待ち合わせ、いざ竹芝桟橋へ。先輩も、すでにバイクを担ぐ紐が肩に食い込み、ヘコんでいる。聞けば、やはり昨夜はバイクが袋に納まらずくたくたになったらしい。トライをやる者は、輪行袋収納の洗礼を受けねばならぬ宿命にあるのか・・・。途中で横倒しになっちゃうわ、手は油で真っ黒になるわで、「もうイヤや〜っ!」と叫びたくなったことで、二人の意見は合致した。こんなこともロクにできないようでは、『とろいアスリート』なのだ。行くまでにクッタクタの二人。この先どうなっちゃうのかなあ。


大島トライアスロン走録(準備〜渡航編その2)

人形町で乗り換え、新橋で下車。「ゆりかもめの駅はどこだ」とばかり、地下通路を彷徨う。あっち行ったり、こっち行ったり・・・。ようやくゆりかもめに乗り込み「竹芝」へ到着する。電車の旅はひとまず終わった。それにしても自動改札を通るときにチャリを担いだままでは横幅がひっかかり通れない。縦にしてヨイショヨイショと通るのだが、これが意外と大変。はっきり言って、イヤんなっちゃったよワラシは。
竹芝桟橋へは、私の勘違いで早く到着しすぎてしまった。まずは、チャリを置いて昼飯を食いに行く。早速蕎麦屋で乾杯。桟橋に戻っても、まだ時間があるので、またまたレストランで生ジョッキ。タイガさんは、ビールを燃料とする麦人間だということが判明。それにしても生は旨いのだ〜っ!(このあと「生」は、今回の旅の一大テーマとなっていく)
さて、デスクで切符を受け取り乗船だ。今回、旅行代理店のツアーに申し込むも、結局は船往復と民宿の手配を一括してくれただけ。こんなのツアーでもなんでもねえなあ、と我々。もと旅行屋勤務のリュウは(ふざけた旅会社だなあ)と心でつぶやく。そのぼったくり会社は、皆さんご存知『N旅行』。もう二度と使わないのだあ!


大島トライアスロン走録(準備〜渡航編その3)

桟橋にはあまり人が多くなかったが、結構時間があったので、その時の人間ウォッチングの一コマを紹介しよう。まずは、夫婦と子供3人の5人組。奥様は小麦色の若いシリピン人(東北弁で言うとこうなるでしょ)。チノのホットパンツにTシャツ、キャップを深々と被り、栗色のヘアをアップにしている。これがなかなかの脚線美で、否が応でも目がいっちゃうんだなあ。何気なくタイガさんと二人で見ているとき、その事件が起きた。なんと、そのマダムはこちらをちらっと見たと思うと、意味もなく椅子の上に片足を上げたのだ。それもガバッと大股開きでだ。その場では見て見ぬフリをしていたが、正直度肝を抜かれた。タイガさんと二人で壁の裏側に歩いていき死角に入ったところで大騒ぎだ。「おいなんだよ、あの女。これ見よがしだよなあ」と先輩。「やっぱ、そうですよねえ」と私。エロいなあ、とか、すげえなあ、とか、押し問答で大盛り上がり。ヘンなところで心拍数があがってしまった。
気を取り直して待合ロビーで待っていると、今度は白人男性2人組が自転車に乗ってスーッと現れた。ヘルメットにチャリジャージ、バックパックを背負って、いかにもアスリートという感じ。チャリを降りたと思ったら、さささっとあっという間に輪行袋にチャリを収めて、はい終わり。なんという早業。相当慣れている人たちだなあと驚く。ついでに、昨夜チャリを袋に収められず四苦八苦する自分を思い出して、思い切りヘコむ。「華があるよなあ、あの人たちは・・・」と、どんくさいジャパニーズオヤジ2人組(もちろんタイガ&リュウのこと)は首をもたげるのだった。はてさて、この外人さんたちが後に今回のツアーには欠かせない存在になろうとは、このときはまったく気づかぬ我々だった。


 あ、そうそう言うの遅くなったけど、台風は熱帯低気圧へと変わり、どっかへ行っちゃたようで天気は良好。これなら荷物も無事届いているはず。海も穏やかで絶好の船旅日和。ちょっと出航が遅れたが15時過ぎに無事に船は海へと滑り出した。東海汽船の超高速船ジェットフォイル(JF)夢号には、トライっぽい人がぱらぱら。あとはドドーンと空席だらけ。そう言えば、桟橋の待合室にもほとんど人がいなかった。皆、当日朝に行くのか、それとも参加者がいないのか・・・。キ〜ンというジェットエンジンの音とともに船は海原へ飛び出す。船室内のスピードメーターは時速78kmの表示。JFは、貨物船や釣船をかきわけ、ものすごいスピードで大島へすっ飛んでいく。天気は薄霞がかかる晴天。周囲は空と海だけになった。うとうと、うとうと・・・。昨夜の疲れも相まって、私とタイガ先輩は夢の世界へ。・・・。・・・。いい気持ちで眼を覚ますと、どでかい島がぷかりと海に浮かんでいる。おおっ、大島だ。やっときたぜ、勝負の島へ。乗船は約2時間。ほとんど揺れがないままJFは大島元町港へと着岸した。

大島トライアスロン走録C(民宿に到着)

 再びチャリを担いで、いざ『民宿橘荘』へと、「なんちゃってトライアスリート」2人が歩き出す。幸い橘荘は港から近く、坂をちょちょっと上ると労多くせず玄関前へと到着した。昔ながらの民宿。玄関には大きなガラスがはめこまれた左右両開きの木枠の扉。ガラスには民宿橘荘と縦に墨が入っている。見上げれば、古い木造の2階建て。日本人なら「ああこれねえ」と頷く典型的な民宿だ。「こんにちは〜っ!」。玄関を空けると宿のおかみさんが出てきた。「いらっしゃい」。50歳位の小柄な普通のおばちゃんだが、声にドスがきいている。早速2階へと案内され、トイレ脇の6畳間へ。きったねえ部屋だけど、一応カド部屋。明るさだけは申し分ない。部屋の入り口の床板がズズッと沈み、「なんじゃこりゃ!」と驚く先輩。「はあ、やっとついた〜っ」と、思わずゴロリ。荷物を枕に天井を見上げ一服する。旅って、宿に入ったこの瞬間がたまらない。気分は海水浴。海の近くってのは日差しが強くて、風が爽やかで、なんともいえずウキウキしちゃう。やっぱ夏がいい!と伸びをしながら嬉しさをかみしめる。だが、ゆっくりもしてられない。今日はバイク組み立てという大仕事が残っているのだ。工具を持って1階へゴー!我々二人は予想だにしない相手との格闘で、レース前に一汗かくことになる・・・。 

大島トライアスロン走録D(自転車を組む)

 一階に下りると、間もなく同宿の客人が階段を下りてきた。な、な、なんと桟橋で見たあの白人男性2人である。「何語が通じんのかなあ」。外国人に会うと、まず最初にこう思いながら躊躇してしまう。ええい、ままよとばかり、調子に乗って英語で挨拶をしてみたが、「ハジメマシテ。ヨロシクオネガイシマス」と流暢な日本語を返されて、思わずずっこける。玄関にはすでに組みあがっているチャリが2台置かれていた。それらは、まさしくこの2人の所有物であった。なんという早業。いつの間に組み立てやがったんだ・・・。一台は相当年期の入ったチャリ。持主は先輩と思しき外人さんのほう。「いいホイールですね」と言うと、「ハイ、ホイールハ、オカネカケマシタ。デモ、フレームハ、テツデス。フルイタイプデス」と腰の低い返事。2人はコース試走に出かけるらしく、チャリを道路に出し、颯爽と消えていった。「結構常連さんっぽいっすね」「外人さんも参加してくるんだねえ」と我々は別段気にかけることもなく、いつもの雑談を交わしていた。

 さてと組み立て、組み立て。私たちは輪行袋を玄関に出し、ファスナーを開けた。ちゃっちゃかちゃっちゃか組み立てた、といきたいところだが、そうは問屋が卸さない。チャリのスタンドがないので、作業はいちいち大変なのだ。肩でフレームを支えてハンドルのネジを締めたり、片手でチャリを押さえてサドル位置を決めたりetc。慣れないので無茶苦茶効率の悪い工程で組み立てる。私は、ネジを地面に落としてウンコ座りで一生懸命探しているとき、無心のうちにスカシッペをこいていた。こきたての異臭が顔面を直撃し気絶しそうになる。オエ〜ッとのけぞる。この「自爆テロ」により、無性にチャリ組み立てに嫌気がさす。タイガさんはといえば、左右独立タイプのDHバー(ハンドルにつける棒。スキーのダウンヒルDHの格好からこの名がつけられた)を並行に固定するのに閉口している。額にはタラリというよりダラダラ汗が流れている。もくもくと組み立てているのだが、素人目からも作業のぎこちなさがわかる。人のこと言えないけど、正直その真剣かつ空回りする姿に、腹の中で笑いがこみ上げてくる。「俺、メカ音痴だからさ〜。こういうのイヤなんだよねえ」と先輩。私は「後ブレーキが効かない!どうしよう!」と大声。タイガさんが、「リュウさん、ブレーキケーブルのレバー緩めたままだよ!」。「あ、すみましぇ〜ん」。「しょうがねえなあ!」と笑う先輩。ありゃりゃ、どちらがボケで突っ込みなんだ。ほんと、どう仕様もない二人。傍から見たら、すんげえみっともない有様。そのうち、「メカ音痴」という言葉もなぜか「メカゴジラ」になってしまうイカレよう。「あああ、メカゴジラだからパンクしたら終わりだな」とか「メカゴジラ同士がんばりましょう」とか、わけわかんない会話。やっとのことで組み上げ、ビーチサンダルで試走しようとしたら、ペダルからずるっと足をすべらせ転倒!「イテェ〜ッ!」。思わず叫ぶ私。なんだよ、この無様な姿は・・・。これじゃ先が思いやられる・・・。とりあえずは、きったねえ油のついた手を洗って、溜息をつく。「ふ〜〜っ」。もうイヤヤ〜ッ!!!!!!!!!!!!!

 ようやく組み上がったので自転車でコースに行ってみようかなと思ったが、なぜかチャリに乗る気がせず歩いてスタート・ゴール地点まで二人テクテク歩く。陽は落ち始めていた。驚いたことに、受付、スタート、ゴールの場所は何となくわかる程度で、ほとんどな〜んにも準備されていない。すべては明朝準備という呑気さ。それでも一応は要所を確認し、タイガさんはフィニッシュラインのところで有森裕子ばりの両手を挙げたゴールの練習。デジカメでこれを写したが、光が足らず真っ黒けのけ。トランジット(バイク乗降場)の自転車ラックには380番までシールが貼ってあった。参加者は意外と少ないなあという印象。昨年の日米親善トライのときは、どでかいトランジットスペースだったため、予想以上にちっちゃい規模にびっくり。潮風を浴びながらペタペタとサンダルの音を鳴らしながら宿に戻る。「帰って夕めし食おう・・・」。


大島トライアスロン走録E(前夜の夕食)

「夕食で〜す」。おばちゃんの声。1階の大部屋へ降りる。
 夕食には大島名物「明日葉」のてんぷらが出た。明日葉は、大葉ぐらいの大きさで何だか効用があるらしいが興味がないのでわからん。私は食っちゃった後に言われて気がついたが、どんな味だったか覚えていなかったほど普通の葉っぱだった。特に味は感じなかったが、タイガさんはクセがあると盛んに言っている。今日のメインディッシュは小鯛の焼物。だが、これが焼き過ぎでまっくろ。魚拓とる時に墨塗った魚みたいに皮は焼き過ぎで炭化してしまっている。「子供だってもっとうまく焼けるよなあ」と我々。が、背に腹は変えられない。これも民宿の思い出。黒い皮をめくって中の白い身をつつく。さすがに海で釣ったばかりの魚はうまい。その新鮮さだけは合格。とかなんとか、ゴチャゴチャしゃべりながら二人でビールを2本飲んだ。
 食事会場には我々のほかに二組が座っていた。一組はオヤジ2人組。もう一組は例の外人さんたちと、若い国産ギャル1人の3人組(のちにこの女の子は韓国産であることが判明)。いずれも明日のトライ関係者だ。
 オヤジ2人組とはいろいろと話をした。年配の髪の薄いオヤジのほうは、ビールをがんがん飲んで、もうロレツがまわらなくなっていた。ああだこうだと酔っ払い同士たわいもない会話をしながら、気楽な時間を過ごした。私も「この旅は『観光第一』ですから・・・」とか下らねえこと言ってしまった。いっぽうの外国人組はといえば、酒も飲まず3人で静かにメシを食っていた。何を血迷ったか、話のきっかけを作ろうと、ほろ酔い気分で「Can you have raw fish ?」(生の魚大丈夫?)とまたまた英語で話しかけてしまった私。「ハイ、モチロンデス」と先輩格の男性がまたまた流暢な日本語で返してくる。なんじゃ、この会話は。お互いに相手の母国語で会話してる極めて滑稽な雰囲気。まあいいや、英語が通じたから返事してきたんだ、と気休めなことを考える私。でも、おらは心に決めた。「もう二度と英語を話すのやめっぺ」。結局この外人さんたちとは二言、三言しゃべったが会話が続かなかった。多少飲み足りない気もしたが、明日があるので酒はこれくらいにしてっと、夕食を切り上げた。


大島トライアスロン走録F(前夜寝るまで)

 風呂に入り部屋に戻る。まだ午後7時半、タイガさんともう一杯やろうと意見が一致し宿のオヤジに焼酎を頼む。オヤジは背がちっちゃくて、かわいい顔をしている。女子大生にイジられそうなタイプで、モンチッチみたいだ。オヤジは、最初に「いいちこ」の一升瓶を持ち出した。そのあと、いたずらっ子のようなニコニコ顔で「大島の焼酎のほうが旨いぞ」ともう一本の一升瓶を調理場の奥から自慢気に持ってきた。酒好きっぽくて人の良さそうなオヤジだから、「こりゃゴチかどんぶり勘定か・・・」とはかない期待を寄せた。だが、人生そんなに甘くはないのだ。女将が仏頂面ですすっと現れ、何やってんのアンタとばかりオヤジを横睨みにした後、どいた!どいた!とばかり前面に出てくる。こわい顔で「おちょうし何本注文?」と低いハスキーボイスで語りかけてくる女将。ゲームセット!場末の民宿で都合のいい期待をした私が馬鹿だった。結局、焼酎おちょうし2本(「いいちこ」と大島産「御神火(ごじんか)」)をきっちりと注文させられる。発泡スチロールの箱に、おちょうし、氷、焼酎グラスを入れて渡される。「焼酎セットだ、焼酎セットだ」と無邪気に笑うオヤジ。オヤジは女将の陰から顔を出して「レース前にこんなに飲む客は初めてだよ」と鼻で笑ってやがる。母ちゃんの後で悪たれつくガキみたいだ。「いいじゃねえか、プロじゃねえんだからよ」と言い返したかったが、大人気ないのでやめた。自販機でウーロン茶を買ってきて部屋でウーロンハイで乾杯。店はすべて7時で閉まってしまい、つまみはない。「御神火」は香りがいいのでロックで飲んだ。これが泡盛のように芳香で実にうまい。はてさて、この島の夜は飲む以外にやることがない。「♪飲んじゃいな飲んじゃいな、飲みたくなったら飲んじゃいな♪」とピンクレディーが昔歌ってた歌の記憶(?)をもとに、イケイケドンドン焼酎を飲んで時間をつぶすメカゴジラ2匹であった。はあ、いい気持ちだ。観光第一!観光第一!。気がつくと、いや、気がつかず、二人はいつの間にか寝てしまった。zzz・・・。

大島トライアスロン走録G(コース試走)

「おはようございま〜す」。民宿のオヤジとおばちゃんに挨拶する。昨夜は水分の取り過ぎで何度も目が覚め、よく眠れなかったが、体調がどうのこうのと言っている場合ではない。そんなマイナス思考はどこかへ吹っ飛び、何はさておきお祭り気分。スタートは午後1時30分だからゆっくり準備ができるが、気分は朝から全開の私。朝飯ごはん3杯を食って、タイガさんと二人でチャリにまたがりバイクコースを試走。と、その前に異変に気づく。ありゃりゃ、ハンドルの高さ調節を忘れたあ。異常な前傾姿勢により、走った瞬間ヘンなポジションだと感じた。すぐさまステムを上げ調節完了。まったくどこまでメカゴジラなんだ俺は・・・とヘコんだ。さあ、コースへ向かうぞぉ!。
 今回のコースを説明しよう。トライはスイム(S)、バイク(B)、ラン(R)の順に行われる。今回はS1500m、B40km、R10km。Sは堤防脇の浜からスタートし港の中に浮かべられた4箇所の黄色いブイを半時計周りに2周(1周750m)する。その後バイクに乗り、シーサイドライン(島西側海沿い)を5キロ北上し、一本陸側に入った農道を5キロ南下して戻ってくる。この時計周りを4周回。もとの場所にバイクを戻して最後に先程のシーサイドラインを行って来いの1往復ランでゴールだ。
 バイクでコースを下見。予め送られた案内では農道からシーサイドへの反時計回り矢印だったので、これに従い走ることとした(実際には逆まわりだったが・・・)。農道は車がやっとすれ違えるくらいの舗装路。軽くうねりながら緩やかに上っていく。ところどころ沿道から枝が頭上にせり出している。朝の爽やかな風と緑の木陰が涼を誘い、すこぶる気持いい。思いっきり深呼吸し、おまけに屁も一発。バイクでもランでも、いつも走り出しは「バスガス爆発」が起こるんでござる。農道は一部粗めの路面があるが概ね良好。民家の合間を抜け北端で折り返してシーサイドを戻る。こちらの路面はGoood!ただし、うねうねとアップダウンを繰り返すトリッキーなライン。大丈夫かなあ。ランでこのうねりは相当苦しくなりそうだ。右側は朝の日差しに照らされた海が一面に広がっている。なんという雄大な眺めなのか。(みんなに見せてあげたかったよ、まったく)。厳しいコースだろうが何だろうが、この素晴らしい眺望の中を走れるだけでいいと素直に思う。もう仕事のことなんかすっかり忘れて、心の中はルンルン気分の私だった。バイク快調、屁も快調、いつもうるさい町会長!なんじゃ、そりゃ・・・。


大島トライアスロン走録H(余談ではございますが)

 とりあえず宿に戻り、「スーパーべにや」へ買い物に行く。なんだこの店名は!私は咄嗟に「ベニヤ板」を連想し、「安っぽい名前だなあ」とつぶやくと、タイガさんが「違うでしょ!紅色のベニなんじゃないの?」と。「あっそうか『紅屋』ですかあ」。どこまでも頭がメカゴジラな私だ。菓子パンを大量に買い込み、ペッタペッタペッタペッタとサンダルを鳴らして宿へ戻る二人であった。
 スタートまではまだ時間があった。部屋で菓子パンをほおばり、やっておける準備をゆっくりとした。しばし部屋から居なくなっていたタイガさんが戻ってきた。「リュウさん、まいったよ。トイレがすごく狭いんだよ。そんでさあ・・・」。これは私も昨夜閉口したので、何が言いたいのかがすぐにわかった。「大」をするための個室が二つあるのだが、いずれも半畳ほどの広さしかない。その真ん中に和式便器がどかん(さすがにボットンじゃなかったけど)。アジャコングだったら絶対ケツが引っかかっちゃう狭さだ。普通の大人でも座るともう隙間がなくなっちゃう。タイガさんも前傾姿勢で前頭部を前壁にもたげたまま目的を遂行したらしい。(皆さんも大先輩のこの笑える姿を想像してみてください)。このいっぱいいっぱいの空間で「大」をすると、もう密室殺人地獄。前傾した自分の上半身が見事にフタ代わりになり、その中で濃縮ガスがぐるぐる回ってしまうのである。最初は「くっせえなあ」なんだけど、そのうち「なんだ、なんだ」となり、ほどなく「オエ〜ッ」となる。逃げ場がなくて具合が悪くなっちゃうのだ。早く出なくちゃと、ペーパーを手繰るがとにかく狭くて難儀だ。両手でハエの手洗いみたいに小刻みに紙を手繰る。ケツを拭こうとすれば、肘がゴツンと横壁に当たる。立ち上がろうと思えば膝がゴツンと当たる。(「畜生!う○こ一本するのにこんな苦労したのはじめてだよ」とタイガ先輩が言ったかどうかはご想像にお任せします)。まったく馬鹿馬鹿しい話で思い切り盛り上がってしまった。こんな珍事件が面白いんだよね、旅っつうのは。


大島トライアスロン走録I(スタートまで。その1)

 うたた寝するタイガ先輩を置いて、私は10時40分の受付開始を待ち会場へ偵察に。朝は静かだった受付場所には、大学生を中心に大勢のアスリートが集まっていた。ラックに掛けられたバイクは皆豪華なものばかり。その色とりどりのフレーム色の華やかさに目を奪われる。こっちは、なんちゃって組だから、そんな年期の入った格好良さなんか出せやしない。なんたって目標は完走だもんね。
 宿に戻ると早朝の船便で到着した客人数名がバイクを組み立てていた。うち2人(男女)は外人さんの仲間らしく、親し気に話している。女性のほうは笑顔が素敵な気さくな子。年の頃は25、6といったところか。ぽっちゃりしてて、愛想がいい。その子が、先着の外人さんの連れの女の子と話をしていた。すると、外人さんと先着していた女の子の日本語がなんかヘンだ。そのうち話の内容から韓国人であることが判明。しぐさがちょっと変わってるなあと昨夜から思っていたのだが、そういうことだったのか。納得、納得。
 「タイガさん、受付行きますよ」。部屋で横になっているタイガさんを起こし、受付へ向かう。(いま思えば、このとき先輩はすでに具合が悪かったように思える)。二人で、サンダルをぺったぺった鳴らし、受付へ向かう。そう言えば、タイガさんは今回サンダルを忘れ、民宿のおばちゃんに借りた。茶色いゴム製のベンサン(便所サンダルのこと)だ。歩いて5分で受付会場に着く。人はさきほどよりも増え、だいぶトライアスロンっぽくなってきた。胸が高鳴る。曇天ではあるが、明るいので雨の心配はなさそうだ。一般受付の列に並ぶ。トライの受付はマラソン大会とは、ちと違う。まず受付で名前を告げると上腕部両側にマジックでゼッケン番号を大きく縦に入れられる。そして、右腕にセンサーつきベルトを装着。これは一度パチンとつけたら外せない。あとは、ゼッケンを受け取り受付終了!腕にナンバリングが施されたこの瞬間、観光客は一大脱皮したセミのようにトライアスリートに大変身し、戦闘モードに突入するのであった。


大島トライアスロン走録J(スタートまで。その2)

 宿に戻ってスタート準備。ヘルメット前部に小さいゼッケンシールを貼り、ゼッケンベルトにゼッケンをはさむ。一連の準備を済ませ、タイガさんと二人玄関前でバイクのエア・チェック。車載用携帯ポンプでシャカシャカ空気を入れる。後輪OK!さてと前輪だ、とバルブを開けるとプシュ〜ッ!あっという間に空気が抜けてしまった。あれえええええっ!あっという間にタイヤがぺちゃんこになっちゃった。このあといくらがんばってもうまく空気が入らず悪戦苦闘30分。結局、今日到着した人の一人にフロアポンプを借りて空気を入れた。あせったあ、タイヤのバルブが壊れたかと思ったあ。
しばらくして、「こんにちは!」と一人のすらっとしたおじさんと玄関で出会った。おじさんは今日到着したばかりでバイクを調整中だった。バイクはメタルブラウンのTREK5500。「アームストロングのUSポスタルモデルカラーで有名なフレームですね」。私が言うと、「おおっ、詳しいね。そのとおり!」とおじさん。このおじさんは、S本さん。茨城の友部から参加した60歳のバリバリアスリートだ。「この自転車50万円もしたんだよ」と笑うおじさん。フレームはカーボン製、車輪のリム(ブレーキのあたる部分)がディープなナウいバイクだ(「ナウい」という言葉がナウくないか!)。喉から手が出るほど欲しい代物だ。おじさんとしゃべるうち、時計の針は正午を過ぎていた。
集合は午後1時。その前にトランジットの準備に向かわねばならない。これが結構荷物が多く面倒くさい。バイク、バイクシューズ、ランシューズ、ゼッケンベルト、ヘルメット、サングラス・・・。バイクをラックに引っ掛け両隣の人に挨拶。「私、はじめてなんです」と言うと、隣の番号の40歳位の兄貴風の人が「大丈夫、大丈夫。一回やればわかるから。装備する順番を考えて荷物を置けばいいんだよ」と優しく教えてくれる。トライっておじさんの参加者が実に多いのである。皆、日焼けした肌に白い歯がまぶしい。その小麦色の肌が数々の練習や大会をこなしてきた歴史を感じさせる。実に手際よく荷物をまとめる。私は、ああでもねえこうでもねえと荷をひっくり返したりキョロキョロ周囲をうかがったりで見事に格好悪い。ありゃ、時間がない。走って宿に戻り、急いでウェットを着るが思うように着れず汗だくになる。ウェットスーツって水がないとうまく着れないのだ。結局、股の部分まで生地があがらず、ド短足状態ド短足状態でサンダルをはきスイムスタートに向かう。いよいよだ、いよいよだぜ、やったるぜい!


大島トライアスロン走録K(水泳編その1)

 バイクラックのところにサンダルを脱ぎ、スイムスタートに向かうため急な坂を小走りに下りる。約100mぐらい下り堤防脇の砂利場に降りる。坂の途中、参加者チェックのためセンサーのついた右腕の掌を、掌マークのセンサー台に合わせる。ピーッと音が鳴る。この机の上の掌マークのセンサーは各種目が終わるごとにラップを計るために使われる。参加者はその都度、マークの上に掌を置くことによって種目タイムを管理されるのだ。
タイガさんに背中のチャックをしめてもらい、入水チェックに向かう。各々が試泳のため海に入る。ここでウェットスーツの中に水を入れ、よっこらしょっと例の短足状態を直す。ウェットスーツは水を入れながらじゃないと、ちゃんとフィットさせることができない。どうりで他の選手は直前に着ているわけだ。思いかえせば私とタイガさんだけだったのだ、力士みたいな短足状態で民宿からはるばるウェットを不恰好に着て会場入りしたのは・・・。
ぴたっとモノもおさまり、準備万端。さっと波に身を任せ海に出る。左側は堤防が浜と垂直に50mほど突き出している。波は穏やかだが、水は冷たい。そして、予想以上に塩辛い。実は、私、ウェットを着て水に入るのは今日がはじめて。それにしても、これを身につけるとプカプカとよく浮かぶもんだ。タイガさんが「おおっ寒い」と震えている。私はウェットのせいか体幹は温かく、肌を露出している部位が冷たいだけで、むしろ心地良ささえ感じた。(タイガさんは風邪をひいていたのだ)
 「入水チェック終了!」の合図とともにすべての参加者は陸にあがった。「こんにちは」。小柄な男性が私に声をかけた。「おおっ、鈴木君!」。そこにいたのは、ゴールデンウィークに「150キロスーパーサイクリング」で出会った鈴木君がいた。鈴木君とは峠越えで二人揃ってつぶれて友達になった仲で、彼も今回がトライの初トライ(駄洒落ではない)。「大島で会おう」とそのとき意気投合して以来の再会だった。「今日も最後まで行こう」と笑顔で完走を誓う。はてさて、タイガさんは私の横で寒い寒いと震えている。体調が悪いのか、ウェットが悪いのか、それとも・・・。原因はわからなかったが、無情にもスタート時間は眼前に迫り来るのであった。
スターターのオヤジが紹介された。「
××長の○○さんです」とか言っていたが、どこの誰べえだかは忘れた。今日のスタートは、グループ別。最初が「エリート&ヤングエイジ」、次が「ミドルエイジ」、最後が「オールドエイジ&レディース」。スイムの帽子が順に「白&ピンク」、「緑」、「オレンジ」と色分けされ、1時30分、34分、38分の順でスタートしていく。磯の香りが漂う中、スタートを待つ。堤防を見上げれば、選手の家族やジモティ(地元の人)であふれんばかりだ。沖を見やれば、オレンジのブイがプカプカと遠くに浮いている。まずは、あのブイを目指して泳ぐのだ。「そこの208番、下がって下がって!」。ピンク帽の鈴木君とぺちゃぺちゃ喋っていた私は、気がつくと白&ピンク帽軍団の中の緑一点となっていた。メガホンの大音量で注意を受けたのは、何を隠そうこの私だった。めっちゃ恥ずかしかった〜。鈴木君を激励し、急いで緑軍団のいる浜まで10Mほど後退する。

参考写真
http://www.riad.jp/6-7/PICT0005.jpg
http://www.riad.jp/6-7/PICT00021.jpg


大島トライアスロン走録L(水泳編その2)

 プファ〜ッ。警笛のようなスターターの合図とともに、まずは白帽が海に飛び出していく。皆が一斉に拍手する。バチャバチャバチャ〜ッ!すごい迫力だ。クロールする泳者の腕が、まるでデッカイかもめの水遊びみたいだ。その群れは、ぐんぐんと遠ざかっていく。
 さあ、次は我々中年軍団(緑帽)のスタートだ。「1分前!」。胸が高鳴る。白帽の群れはすでに遠くのほうまで行ってしまっている。堤防の上の家族に手を振る人、沖をみつめる人、笑いながら仲間と話す人。スタート時の一種独特な雰囲気はマラソンもトライも変わりない。私の隣には、腕組みするタイガさんがいる。
 プファ〜ッ。ついに、このときがきた。

<参考写真>
ミドルエイジ(緑帽子)のスタート風景
http://www.riad.jp/6-7/PICT00051.jpg
http://www.riad.jp/6-7/PICT00061.jpg

 水際を数歩走り、一気に海に飛び込む。すごい混雑で、隣の人の腕や脚がとんでくる。ガツン、ボコッ。殴り殴られ蹴り蹴られ、これが数分続く。幸いバトルで致命的な損傷は負わず、沖に出た。昨年の日米親善は周囲のペースに翻弄され、飛ばし過ぎで溺れた。今日は「先は長いぞ、そろりそろりと行けよ」と自分に言い聞かせ、序盤はゆったりと泳いだ。特に苦しさは感じなかったが、いちいち目標確認をしながら泳がねばならないので、体力を消耗する。沖ブイ(第1ブイ)の外側を左に旋回。浜と並行に第2ブイを目指す。まだ余裕はある。ここまでは楽しく泳げている。「いいぞ、ゆっくりだ、あせるな」。ところが、事態は急変する。あれ?いくら泳いでもブイが大きくならない。あれれ?波もざっぷんざっぷんと先ほどより大きくなっている。がむしゃらに泳ぎながら、方向をチェックする。頭を上げる度に海水が鼻に入ったり、飲んじゃったり。この沖合いのスイムはえらく長い時間に思えた。(レース後にわかったのだが、ここは前から潮の流れが来ていて皆苦しんだらしい)
 やっとのことで第2ブイを左旋回。このとき、数人の赤帽子にまくられ、バトルになる。女子のトップ集団だった。4分遅れでスターとしたレディースの先頭集団にもう追いつかれてしまった。さらに、私よりのろまな白帽や緑帽が、この混戦に加わってきた。動ぜず、わが道を行く。このバトルで数人のスイマーをふっ飛ばした。幅寄せをくらったので、ヒッププッシュをしたら、大きく失速したオヤジ?(泳いでる最中は誰だかまったくわからん!)もいた。私は、泳ぐのが遅いけど、バトル時はこのおでぶちゃん体型が役に立つことを知った。さて、くたびれまくった体で第3ブイを目指す。先ほどの潮の流れとバトル等により、もう両脚がパンパンになっていた。「やばいかもしれない。攣っちゃうかもしれない。そうしたら・・・」と良からぬことも考えた。しかし、「そうなったらそうなっただ!やれるだけやろう!」という気持ちが、ネガティブ精神を上回った。とにかく腕だけは止めずに懸命に水をかいた。多少潮に流されながらも、なんとか第3ブイをまわり浜辺沿いに第4ブイを目指して泳いだ。腕も脚もかなり疲れてきた。大丈夫かな〜。
 しばらく目標を見ずに泳いだ。数分し、ふと頭を上げると、なんとサーフボードに乗ったライフセーバーが目の前にいる。なんだか、大きい声を出して、指示を出しているが、耳栓をしていたため何が言いたいのか全くわからなかった。指差す方向に目をやり、はじめて事態が飲み込めた。その方向には第4ブイがあった。つまり、である。私は大きく右に旋回しながらコースを90度近く外れ、浜に向かって泳いでいたのだ。慌てて舵を戻して、全速全開スピードでブイを目指す。かなり外れたようでブイまでは非常に遠く感じた。おそらくさっきバトルした奴らもすでに前を行ってしまったに違いない。やってもうた〜。
 第4ブイに近づくと堤防の上から拍手と声援が。超うれしいっ。ここは早く回らなくちゃと、急速せんか〜い。応援を通り過ぎガクリと失速。これってマラソン大会でも一緒だ。人の前だけ体裁を繕うこの性格。いややなあ、と思う(なぜか関西弁)。


大島トライアスロン走録M(水泳編その3)

 よっしゃあ、気を取り直して2周回目。ここまできたら、絶対完泳じゃ。1周できたんじゃい、もう1周できるじゃろがい!本当にそう自分を励まして泳いだ。勇ましい中にも、落ち着け〜、リズムでいけ〜と冷静な気持ちも忘れなかった。これが良かったのか、2周目は妙にリラックスできた。ただただ、両脚の張り具合だけが気になっていた。
 第1ブイを回ると、やはり沖側は潮の流れがきつかった。どうにもこうにも前へ進まないのだが、一回乗り越えた自信があったので懸命に腕を廻し、亀の歩みで「いずれは辿り着く」とばかり機をうかがった。とはいえ、一方でタイムが気になる。ベストタイムを刻みたいとか、そんな意味じゃない。1時間の制限時間を越えないかどうか、である。でも、泳いでいるとき、特にこんな潮流に向かっているときに腕時計を見ようものなら、その時点で失速、アシ攣りだと思ったので見れなかった。残された選択肢は、「ただやるのみ、ただ泳ぐのみ」だった。
 ようやく難所を乗り越え、第2コーナーを回ることに成功した。回りにはぱらぱらしか泳者がいない。「俺ってビリグループかな?」。ふと考える。しかも、4分遅れでスタートした赤帽軍団がやけに目立つ。だが、心の片隅に「いや、そんなことは後でわかる。いまはやるだけのことをやれ!」という自分が残っていた。第3コーナーを回り、最後の直線に入る。だが、あなどれない。1周目はここで大きくコースアウトしたのだ。慎重に目標に目配せしながら前進する。ここで、面白いことに気づいた。海面に浮かぶブイを確認しながら泳ぐのは大変疲れる。波があったりすれば、目標が見え隠れするから尚更だ。そこで、私は無意識のうちに目に入る他の目標物で方向を決めるという大胆な発想をした。ブイのむこうに見える建物の茶色い屋根だ。それはブイの真上に見えた。そして、ブイよりもはるかに見やすい位置にあり、大きかった。「これだ!」。その発見はエジソンものだった。世界のどの子供よりも無邪気にはしゃぐ私がいた。なんつっても、残りの直線の疲労度が格段に下がることは間違いない。不況下で不意のボーナスに沸きかえる気持ちを抑えようにも抑えられないといった感じ(なんじゃそりゃ←自分でつっこみ書くのもいとをかし)。兎にも角にも、がんがん飛ばしてゴールを目指す。次第に、初めての海での水泳競技を完遂できるかもしれない喜びに心が躍った。だんだんと堤防が近づいてくる。その上には、おばあちゃんから子供までたくさんの人が応援してくれている。その拍手と声援が聞こえ始めた。ここに来てはじめて私は完泳を確信した。周囲には数名のスイマーがラストスパートをかけていたが、私も負けじとがんがん泳いだ。応援されるというのは実に気持ちがいいものだ。どこの誰ともわからず我々を応援してくれる人がいる。ましてやスイマーは顔も見えないのに、である。本当に嬉しかった。岸までのラスト約100mは「謝意」「達成感」で胸がいっぱいだった。全体を通せば、苦しいことが多々あったのだが、いまではこのときの感むせぶ心情に勝るものは思い出せない。私は、この嬉しさを一生忘れることができない。
 海の底が見えてきた。それは浜に近づくにつれ、どんどん鼻の先に近づいてきた。苔のような海草がはりついた岩が目と鼻の先まできたとき、ガバッと立ち上がりオカに向かって走り出す。やった!泳ぎきった!私は、晴れて魚から人間にもどることができた。
すかさず、腕時計に目をやると丁度40分をまわったところだった。ひとまず、ほっと胸をなでおろす。さて、同時に上陸?(海兵隊かよ!)した選手数名とチェックポイントのテントを目指して走る。走りながら、背中のリボンを引っ張りファスナーを開け、上半身ウェットを脱ぐ。初めての経験だったが、この瞬間の開放感もまた気持ちがいいものだ。
右手を掌センサーに置いてはじめてスイム完了。「ピッ」という電子音とともに大島の海に別れを告げ、バイクトランジッションへ走るリュウ太郎だった。(スイムラップ40:31/1500m)
<参考写真>
スイムを終えて走るリュウ太郎(ショップのHPのため注文番号入りですが・・・)
http://www.riad.jp/6-7/PICT01951.jpg


大島トライアスロン走録N(バイク編その1)

 バイク乗り場までは約100mの急坂。スイムを終えた思い脚には非常にこたえる。ラップチェックを受けた後、私以外の選手はみな歩いてしまっている。あれ?ちょっと不思議に思ったが、再度我にかえり走る。丘上に上がり左に迂回したところで、後から「りゅうさ〜ん!」という声が耳に入る。それは紛れもなくタイガ先輩の声だった。「mm!やはり先輩のほうが早かったか・・・」。返事をしようと振り返ったとき、そこにはすくっと立って、声援を送るタイガさんの姿があった。私は最初理解ができなかった。だが、その姿は明らかに競技中のそれではなかった。次の瞬間「リタイアした!」という言葉が耳に飛び込んできた。「ええっ、まじですか?」。それは私にとって大ショックだった。先輩をまっすぐ見ることができなかった。「悔しい!」「畜生!」・・・。心の中で叫んだ。この旅は二人三脚だった。その脚が一本でも二本でも欠けたとき、それはもう旅ではなかった。先輩はこの一年間、私を支えてくれた人である。(その恩は筆舌に尽くせないが・・・)
 頭の中がぐるぐるとまわった。バイクラックの前で自転車に乗る準備をしながら、心を決めた。「ベストを尽くそう。私だけでも完走だ。それが恩返しだ!」。バイクをラックから外し、スタートラインまで引っ張って走る。このスタート地点の審判員より手前でバイクに乗ってしまうと競技違反となる。ビギナーがよくやる失敗の一つだ。そんなことも、昨夏、「日米親善」でタイガさんが教えてくれたのだった。
 さあ、バイクにまたがり出走だ。魚料理から、箸休め、そして、肉料理というどっかの国のコース料理にも似た展開がトライアスロンだ。私はいま、二つ目の「味」を楽しみはじめたばかりである。バイクコースは当初の予想に反して時計まわりの周回コースだった。下見の時は逆に走ったので、いまいち起伏がわからない。よし、ただ行くだけだ。まずは左に折れて周回の流れへと入る。大海原を正面に整備された路面を下る。ここはランのフィニッシュ地点なので観客の声援も多い。最高に景色がいい下りで条件も最高。選手は猛然とペダルをこぎスピードをあげて走り去る。私もいきなりがんがんこいで、ここを通過。いま思えば、こんな格好ツケ〜が後半どん詰まりのもとだった。「脚を温存せよ」の計算された知識は海の中に落としてきてしまった。とことん格好つけてかっ飛ばす私だった。


大島トライアスロン走録O(バイク編その2)

 右に90度旋回し、さらに下りは続く。左は断崖絶壁で、大海原の素晴らしい眺望。見通しも良いので、ウンチングじゃなかったDHポジションをとる。あのスキー滑降にも似たハエの摺り足ポーズだ。はっきり言って、私、このポーズで走ったことはほとんどない。なんせドロップハンドルを片手ずつ離し、ハンドル中央に取り付けた牛の角のようなDHバーを握り、パッドに肘をのせなければならない。これがフラフラ不安定で物凄くこわい。加えて、このバーにはブレーキがついていないから、万が一障害に出くわしたら、吹っ飛ぶ以外に道はないのだ。私は、春先に一度江戸川の土手でDHを試して転げ落ちそうになって以来、怖くて怖くてたまんなくなっていた。しかし、しかしなのである。周囲のバイクに刺激を受け、見よう見まねでDHをやってみたら、あら不思議。それなりに格好がついちゃった。よっしゃとばかり、肩をすくめて空気抵抗を減らす。右に一眼レフを構えるプロカメラマンがいる。格好つけようかなと思ったが、スピードの出し過ぎでおじけづいてDHをやめたところでカメラとご対面。やっべ、しょぼい写真とられちゃったかも・・・。まあいいや。さらに下りは続く。軽くS字にうねる程度なので再度DHを決め込み、どんどん加速。このポジションは速度が出ると安定感が増すようで、恐怖心は次第に薄らいだ。
ちょいと余談だが、今日のレースはコンタクトレンズで全競技に臨むこととした。スイムのバトルでゴーグルが外れるアクシデントに怯えたが、人が近づいてくる度に歯を食いしばって大袈裟に腕を回転させ、なんとか急場を凌いだ。もう一つの恐怖は、バイクで受ける風だった。目が乾いてしまうのだ。練習では、毎回コンタクトが乾いてしまい、痛みとともに白目はウサギのように真っ赤になってしまった。これがイヤだったので、直前にBRIKOのサングラスを購入。これが的中!まったく目に風が入ってこなかったので、バイクを快調に飛ばすことができた。まずは、ホッとした。だが、一難去ってまた一難。今度は、だらだらとした上りに入った途端、強烈な吐き気に襲われる。なんじゃ、こりゃ。オエ〜ッ。他のバイク野郎に囲まれるとゲロはさすがに恥ずかしいので、ぐっとこらえる。また人がいなくなるとオエ〜ッとやる。ところが、気体も液体も固体もなにも出てこない。ただただ異常に胸くそ悪いのだ。もしかして・・・(馬鹿、妊娠するわけねえだろ)。給水を受けて、冷たい水を胃に流し込んでも、この吐き気は続いた。うねうねうねうね上りと下りを繰り返しながら、折り返し地点に向かう間、私はずうっとウップ、オエッを繰り返すのだった。



大島トライアスロン走録P(バイク編その3)

折り返し地点が近づくに連れ、緩やかに上る。周回チェックのテント前を通過し、ゼッケン番号を称呼される。「208番!」。また数十メートル先で「208番!」とでかい声で呼ばれる。東京都選手権の選手も同時にスタートしているので、周回チェックは入念だ。片道約5キロのシーサードラインはここで終了。海を背にしてフラットな道を500mほど陸側に入った後、復路の農道へとコースは続く。暑くてへばって失速気味にチャリをこいでいると、すうっと横を通り過ぎ前へ出て行く影があった。真横で、その影の主が女性であることに気づく。エリート選手だ。おそらく私は周回遅れにあっているであろう彼女の走りは実に見事なリズムですいすい走っていく。その影を追って、顔を前方にあげてびっくりした。その黒い水着のハイレグがすごい迫力で矢のように目に突き刺さってきた。いかがわしい気持ちなどかけらもなかったが、思わずその筋肉の発達度に見とれてしまう。真後ろから見ると、トンボの目みたいに臀部がでかい。ご立派トンボは私の全力追走?などものともせず、あっという間に視界から消えていった。
 折り返しの農道は両サイド荒地の平坦路ではじまる。吐き気は未だ止まらぬまま、ペダルをこぐ。こんな状態だからスピードなんか出やしない。エリート選手たちが私の横をガンガン抜いていく。ああ気持ちワル〜ッ。復路は次第に下り勾配が強くなり、スピードが出てくる。脚が少し楽になると同時に、適度な木陰や民家からの声援が加わり、気分がやわらぐ。またもエリート選手が横を通過していく。ヒュンヒュンヒュン!後輪が一枚板のディスクホイールは独特の音を立てて近づいてくる。自動車と一緒で右側が追い越し用なので、速いエリート選手はすべて私の右サイドを通過していく。ヒュンヒュンヒュン!またもディスクホイールが来た。いまだ!とばかりトップにギアチェンジし真後ろにぴったりついてドラフティング(追走)してみる(これは反則行為だが、一度やってみたかった)。下りではある程度追随することができたが、どんどん加速していくと急速に恐怖心が高まり追走断念。50キロぐらいのスピードでくっついていたのでかなり怖かったが、やはり後につくと風の抵抗が少なくラクだ。こんな発見ができたのも自分にとっては大きな収穫だった。(反則ごめん!もうしません!)


大島トライアスロン走録Q(バイク編その4)

 吐き気はまだ続いていたが、転倒もせず一周回目も終わりに近づく。時計を見ると、約20分で一周を走っていた。このタイムは自分にしては、上出来だった。マイクアナウンスの声が近づき、ほどなくトランジットからの合流地点、すなわち2周回目に入る。ここは、右に90度曲がらねばならないので、グンと減速する。去年の夏、日米親善トライの時、バイクの初カーブでもう少しのところでコースアウトしそうになった経験があったので、遠心力には細心の注意をはらった。無事旋回を終えるやいなや「リュウさん、がんばれ!」という大きな声とともに、左手が大きく差し出された。タイガさんだ。先輩はリタイアされたが、具合が悪いといった雰囲気ではなかったので安心する。心配事が一つ吹っ切れたので、反射的にレースへの集中力が高まり、海への下り直線路を無心でかっとばした。さきほどより日差しが強くなっており、海からはねかえる白銀色の光はギラギラと眼の奥に残像を残した。もうコースの起伏の大半は頭に入っていたので、一周目よりも積極的にスピードを出す。両側からの大きな声援、マイクアナウンス、正面には大海原。おまけに、広い道路には自動車がゼロ。この条件でハイにならないやつは病気だ。私も吐き気などどこかへ忘れてしまったかのごとく、海目指して滑降していた。なんだこのハイ状態は・・・。それは、ランニングハイとは別物の自然を独り占めしたような妙に満たされた感覚だった。子供のとき何も考えず野原をかけずりまわったときのような・・・。(筆舌尽くし難し。体感したい方は一度是非シマトラに挑戦くださ〜い)
 すうっと右にカーブを曲がり、シーサイドラインをまっすぐ下っていく。よっしゃDHポジションじゃ!そうそうカメラだカメラ。スピードなんかどうでもいいから格好つけてやれ。え〜い。肩をすくめて、自分なりにポーズを決めた。よっしゃあ!撮っててくれればラッキー。吐き気ばりばりなのに、こんなとこだけはきちんとシメようというイヤらしい根性。性の悪さが祟ったか、カメラを越え人影もまばらになると、またしても強烈な吐き気に襲われ囚われの身となるリュウ太郎だった。ウップ、オエ〜ッ・・・。ゲボッ。ゴックン。飲んじゃった・・・。
<参考写真>
カメラの前だけキメる性悪なリュウ太郎(ショップのHPのため注文番号入りですが・・・)
http://www.riad.jp/6-7/PICT0222.jpg


大島トライアスロン走録R(バイク編その5)

 2周目は無心で走り続けた。日差しがだんだん強くなり、汗もだらだらと肌をつたう。吐き気がしたり先は長かったりと難題は幾つかあったけど、私には走り屋で培ったポジティブ思考法があった。バイク5km4周回だから、まだ半分も走っていなかった。もっと言ってしまえば、その後ランが10km待っている。だが、私がこのとき考えていたこと、それは「あと少しでバイクの2分の1が終わるよ。がんばれ!」だった。否定的なこと考えたって最後までやるしかない。どうせやるなら楽しくやりたい。辛いときを凌ぐ術を、私はいつの間にか「走り屋」で体得していた。往路の終わりはアップダウンが激しかった。2百mぐらいの間に給水ボランティアが数人いたが、私はそこでコップを順に3つとり、吐き気をもよおす胃に流し込んだ。腹をチャポチャポ言わせながら、がむしゃらに走って折り返し地点を通過した。
 「ウイッ、ゲプ〜ッ!」。不意に一気にゲップが出た。その途端、不思議に吐き気が止まった。なんか体が楽になった。復路は快調な滑り出しでペダルを踏むことができた。「プリッ、プリ〜ッ」。「プス〜ッ」今度はいささか気弱な音色だが、屁がたて続けに何発か出る。何も考えずにこいてしまったので、後にバイク選手がいないかを振り返って確認。もしいたら大変失礼なことになる。幸い他の選手は見当たらなかった。安心して、もう一発。水着だから、万が一ウンコが出ちゃったってへっちゃら。思い切りぶっこいたら、腹がすうっと楽になった。あとはルンルン気分で、車輪を回す。時計を見ると2周目ラップもどうやら約20分で切り抜けられそうだ。2周目の終わりで、再度タイガさんの声援を受ける。ますます気合が入り、ギャラリーの前で思い切りペダルをこぐ。いい気になって下りでスピードを上げた。疲れを倍増させてしまうギア比だったが、後のことなんか全然考えずに、海へとジェットコースターライドを続けた。


大島トライアスロン走録S(バイク編その6)

 バイクの3周目で私は驚くべく光景を眼にした。なんと私がまだバイクを残り2周20キロを残しているというのに、すでにバイクを降りて走るランナーの姿があるではないか・・・。呆れて、というか、力が抜けたままバイクをこいでいると今度はバイクに先導される先頭ランナーの姿が・・・。これが力強く、速い、速い!いいなあ、なんて一瞬思ったが、私の今やるべきことはバイク。前を見ながら、もう一度気分をリセット。タイム的には時間内完走はできそうなので、正直この時点では厳密なタイム計算より、いかに楽しんで最後まで行くかを考えていた。往路で左肩越しに見える海はキラキラと綺麗だった。レース中盤のふんばりどころで、この大自然の美しさは絶好の癒し。ペダルをまわしながら、体はいっぱいいっぱいなんだけど、深呼吸を2、3回すると気持ちはスーパー・リラックス状態になった。道端で出される給水コップ。片手をハンドルから離して受け取る。最初は慣れなかったこの作業も、「ありがとうございます」のお礼をきちんと言いながら受け取れるようになっていた。上り坂。顎から汗がしたたり落ちる。ツール・ド・フランスで見るようにケツをあげて格好よくペダルをこぐことなんてしない。脚がへたってしまうからだ。ローギアに入れて座ったまま回転数をあげて距離をかせぐ。遅くたって、なんとか坂を上りきれるものである。ここは、周囲に惑わされずマイ・ペースでいこう。「208!」。いつしか折り返し地点まで来ていた。しばらく平坦路をがまんすれば、復路の後半は下りが多い。このあたりでは、抜いても抜かれてもあまり気にせず、沿道の応援に応えながら走る。さっきまで気持ちが悪かったこの復路も、景色を見る余裕ができた。そう言えば復路中盤、沿道右手に1周目から一生懸命応援してくれている親子がいる。両親と子供。女の子は幼稚園ぐらいか、とにかく大きい声で「がんばれ〜っ」と言ってくれている。私は1周目から「ありがとう」と言っていた。この3周目で私は親子のかなり手前から右手を振ってみた。女の子は手を振り返しながら、照れ隠しに一瞬母親の顔を見上げて笑った。通りすがりざまに「お兄ちゃん、がんばって〜っ!」と大きな声。「ありがとう!」と私も応える。よ〜し、がんばるぞ!もう一回ここを通るために頑張るぞっ!
 3周目が終わりに近づき、周囲のバイクの多くがランへのトランジットゾーンへ吸い込まれて行く中、私は「周回コース」と表示される矢印に従い、バイクの最終周回に向かった。


大島トライアスロン走録21(バイク編その7)

 時計を見ると、3周回目は22分ぐらいで、やはりだんだんと疲れが数字になって浮き彫りになってきた。だが、私は今回が事実上初トライなのでベースになるタイムもないし目標もない。だから、そんなに落ち込む要素もない。この時点で制限時間内ゴールは間違いなかったので、それだけで嬉しいというのが正直な感想だ。それにしても、最終回では孤軍放り出されたも同然。周囲にいたバイク野郎のほとんどがいなくなってしまった。私は、完璧な周回遅れ小僧だった。
 タイガさんの前を通過。こんな置いてきぼりアスリートにもタイガさんは大きい声で応援してくれた。これが何よりも嬉しい。早くバイクを終えたい。その一心でペダルを回す。海へ向かう下り急勾配もこれで最後と思うと、スピードも出る。ここに来て唖然!なんとランナーの多いことか・・・。海辺のバイクコース往路の歩道は、ランニングコースだ。そこにはランナーと変身した選手たちがうようよスタートしはじめている。自分がいかに遅いかを思い知らされる。右手にいたカメラマンもすでに店仕舞いして姿がない。周りのバイクは、失速したオッチャンやら、どうみても初参加の人ばかり。私もランナーから見れば一塊の失速オヤジ、いわゆるone of them に過ぎないんだろうなあ。おおっ!向こうから一台のバイクがこっちに走ってくる。その後にはダイナミックな走りで一路ゴールに向かう先頭ランナーの姿があった。ありゃりゃ、あんたもうフィニッシュかい?ええなあ。そのあと少し離れてランナーが走ってくる。おおっ!な、なんと・・・。そこで見た光景にびっくり仰天!!!!!!!!!。先頭走者を追いかけるその姿は、なんと同じ民宿に泊まる金髪の兄貴じゃねえか。すげえ勢いでかっとばしてる。ありゃあ・・・。やってもうたあ。にわか冷やかし外人選手かと思っていたら、トップアスリートじゃねえか。いや、まいったまいった。そんなこと露知らず、へんてこな英語で気安く話しかけていた自分がこっぱずかしくてしょうがない。レース後にタイガさんに聞いたが、彼はゴールするとき「すでに日本でもお馴染みのM・T選手〜!2位でゴールです!」とアナウンスされたらしい。その道では有名な方だったとは・・・。そんだこんだで、へばりながらも折り返し地点を通過し、復路へ。バイクも残すところ10キロだ。ここまで来ると、もうポジティブ思考法も何もいらない。ただただかっ飛ばせばいい。しばし最後のバイクを堪能(きつかったけどね)。そして、件の親子に近づいた。大きく手を振る私。もう追い越し組のバイクもいないから、今回は右沿道の親子の近くを通り過ぎようと決め、道路右寄りを走る。ここを通るのもこれで最後。今度はいつ会えるかな、なんて考えながら通過。「おにいちゃ〜ん」という声。「ありがとね〜っ」と返事。そして、そのお父さんが「最後までがんばって!」と大きな声をくれた。通り過ぎた直後、「ありがとうございますっ!」と返事を加え、御礼にとばかり立ちこぎで元気さをアピール。あれる力を振り絞って全開モードでゴールを目指した。
 ゴール兼トランジットのあるメイン会場のアナウンスの声がどんどん大きくなる。続々とゴールする選手のゼッケン番号や名前が聞こえる。だが、私には焦燥感などまったくなかった。トランジットへ向かう矢印が見えてきた。バイクももうすぐ終わりだ。係員の降車命令に従い、バイクを停止させ降りる。終わった!いよいよランだ。10Kランは何度も走ったことがあるから自信はある。バイクを押しながら、心地よい疲れと何とも言えぬ清清しい気持ちを楽しむ私であった。


大島トライアスロン走録22(ラン編その1)

 自らの番号シールが貼ってある鉄パイプのバイクラックに、よっこらしょっとサドルを引っ掛ける。これでしばしチャリともお別れ。つづいてバイク靴を脱ぎ、ランシューズをはく。シューレース留め具をつけているので、すっと履いてワンタッチで靴紐をとめる。帽子を被って、さあ出発だ。ランコースへとそそくさと走り出す。テント下で掌を置き、ピッという音とともにバイクラップが刻まれる(バイク40K1:27’12”)。
 ランのラップをとるため腕時計をピッ。バイクのタイムなんかどうでもよくて全然確認しなかった。私の好奇心は海辺のラン一点にしぼられていた。さあ、行こう!あれれ、脚が重たくて動かない・・・。10mほど走ったところで両足がピク、ピキピキッと同時に攣った。あれええええ!やはり、慣れないバイクで脚を使い過ぎていた。調子がいい時ほどソロソロ行かなきゃいけないのに、自分の度量を越えて格好つけて走ったツケを味わうことになる。とにかく走りたいのに走れない。一歩歩いてピクッ、また一歩でピクッとなっちゃってどうにもならない。太腿の前も後も順番に、時には同時に攣りやがる。畜生!たまらず屈伸をしたら、またまたコンコ〜ンと両足が引きつる。なんとかジョグで走り出し、メイン会場の前まで辿りついた。そこには、タイガさんがいる。例によって「リュウさん、頑張れ」の声をいただく。私は「やばいっす!一杯一杯・・・」と思わず言ってしまう。左掌をタイガさんにパンと合わせ、海沿いのランコースへと向かう。脚が重たいこと以外は、すこぶる元気。とにかく歩を進めようと、シーサイドラインを3百メートルぐらい走ったところで、ビクンという大きい衝撃とともに脚がストップしてしまった。やばい走ろうと思っても脚が硬くなっていて思うように動かない。やっとの思いで、よちよちと歩いている間に4、5人の後続ランナーに抜かれる。このまま走れないのか・・・。だとすると・・・。はじめてリタイアを思い描いた。1年半前に最初のマラソン大会に出て以来、リタイアを意識したのは初めてだった。ここが墓場になるのか・・・と真剣に思う。落ち込めば落ち込むほど脚が動かない。どうしよう、どうしよう・・・。もう屈伸も出来なかった。屈伸すればガツンと脚全体が攣ってしまうことは間違いなかったので怖かった。
 しばらくネガティブな自分をコントロールできないまま、ぼちぼち歩いていたら、ヘンに開き直ってしまった自分が突如こころの中に現れた。
「自分との闘いなんだからリタイアしてもいいじゃないか。でも、制限時間いっぱいまでは歩くだけでも続けたらどう?」
「そうだね。だめかもしれないけど、どこまでやれたかはすごく大事だよね」
そんな自問自答をした。
 午後の陽射しに照らされる海面を見ながら、大きく深呼吸した。脚は重いけど、いい気分だなあ!私は、とてもリラックスした気持ちになってきた。と同時に、不思議と脚の攣り具合がやんわりとおさまってくる。実に不思議な現象だ。やはり、人間の身体というのは気の持ち様に反応するのだろうか・・・。
 スピードこそ思い通りにはならなかったが、傍から見て「ジョギング」といわれる位のスピードでは走れるようになった。これには心底ほっとした。


大島トライアスロン走録23(ラン編その2)

 2キロぐらいはそろそろとジョグして行った。目前にエイドが見え、ほっとする。テントの前まで来て、プラコップの水を飲んだり頭からかぶったり、じゃんじゃん使った。周囲には数人のランナーしかいなかった。むしろ、私とは逆の方向、つまり折り返しを終えてゴール方向に走るランナーの数の多いこと・・・。しかも、スピードが半端じゃない。やはりベテランは凄い。飲み屋で一見の客が常連客のカラオケに圧倒されるような気分になる。
 エイドの人に「両脚攣っちゃった。もうギブアップ!」と言って、舌をベロリと出して敗北宣言。「そんなこと言わずに頑張って!」と中年のおばちゃん。でも、このときギブアップしようなんて、これっぽっちも思ってなかった。いま思えば、ジョークが言える余裕があったのだ。とは言うものの、エイドを終え、再び走り出そうとすると、またまたガツン、ビクン!全然脚が前に進まなくなる。とにかく、アンヨが疲れに疲れているのである。
 先程に習って、まあいいさとばかり海の壮大さを眺めて開き直る。車道右側はまだバイクを終えぬ選手が頑張ってペダルをこいでいる。この人たちはこれからランなんだ、大変だろうなあ。と考えていると、知らぬ間に私はジョグを始めている。とにかく行こう。記録じゃなくて、いかに楽しむかという方向に気持ちを切り替えると、随分と楽になった。このあたりから、私は決めた。「今日は最後まで笑顔でいこう。苦しくても、エイドのボランティアや沿道の応援の前では、にこにこ挨拶しよう」。この考え方は、正しかった。猪突猛進でゴールを目指していた私にとっては一大転換シーンであった。途端に視野が広がり、大きくて青い空、きらめく海原、漂う雲、かもめ・・・。そんなまわりの景色がいっぺんに眼の中に飛び込んできた。ジョグりながら、大きく両手を広げ何度か深呼吸をした。眼の中にいっぱい光が飛び込んできた。この光、何度か味わったことがある。そうだ、高校受験、大学受験の合格発表。行きは不安で心臓はバクバク。なんとなく心は曇り空。でも、合格発表場所で自分の番号をみつけた瞬間、ぱあっと眼の前が明るくなった思い出がある。まさかランの途中でこんなデジャブー現象に出会うとは夢にも思わなかった。
 へそ出しシングレット(ぴったりシャツ)と三角パンツだけのいでたちで、ただひたすら自然とたわむれて走る。とにかく開放的。楽しい、楽しくて仕方がない。本当は苦しいはずなのに、なんとかかんとかやってる自分に満足。トライって本当にいいなあ。
 2つめのエイドは、折り返し地点の1キロぐらい手前、うねうねうねる坂の狭間にあった。ここのエイドは数人のボランティアの人が沿道から両の手にコップを持ち、手渡しで水をくれる。最初の人に「ありがとう!」と言いながら、水を受け取る。「がんばって〜!」。年は30ぐらいか、その男性は身体障害者(おそらく神経麻痺系)だった。やっとのことで水を持ち、震える手で渡してくれる。コップの水を飲み干しながら、なんだか胸が熱くなった。健常者でトライアスロンを楽しむ自分、障害者で水を差し出す彼・・・。もう複雑な気持ちで脚の痛みなんかどっかへいってしまった。
 折り返し地点までは、健康であることの喜びをかみしめて走り続けた。彼のことを思い出すと、もう止まったり歩いたりはできない気持ちになっていた。
 彼からは不思議なパワーをもらった。脚が私の言うこと、希望を聞いてくれるようになってきた。折り返し地点に近づくにつれ、私はだんだんとスピードを取り戻しつつあった。
 とにかくやるだけやろう、私を助けてくれた彼のためにも・・・。


大島トライアスロン走録24(ラン編その3)
 折り返し地点の赤い三角コーンが見えてきた。そのコーンを目指して走っていると、私の前を小走りに走り去った女性が前方のコーンを回って私のほうに折り返してきた。適度なスピードでリズム良く走っている。「よし、後半戦は気力で走ってこの人に追いつこう」。
その人との差は50mほどであった。私もやっとのことでコーンを回った。手元の時計を見ると約30分かかっていた。5キロ30分とは、当初予定もしなかった脚のヘタりようであった。「このままだと60分か・・・」
前方にはさきほどの女性が見えた。私は約1キロほど50mほど後を走っていたが背中を捕らえるだけのパワーは残っていなかった。ただただ、差が開かないことだけを祈りながら歩を進めた。目線を自らの爪先あたりに切り替えて、心の中で「イチ、ニ、イチ、ニ」とリズムをとりながら手を大きく振って走る。この辺りから、スーッと脚の痛みや痙攣が抜けてきた。これだけ慣れない種目をこなしてきたので、疲れて脚が重かったのは言うまでもないが、ここにきて最悪の状態から這い上がれたことを実感できた。ふと目線を上げると、その女性の背中が少し大きくなったような気がした。女性は、復路最後の起伏を越えようと懸命に走っていたようだが、首を傾け走る後姿から上り勾配に閉口していることは一目瞭然だった。「もうここしかない・・・」。私は、自分にもこれから苦しい上りが待っていることを知りながらも、その背中を捕らえることを先決事項とした。捕らえられそうだという目標への意欲をバネに上りの苦しさを紛らわそうという作戦に出たのだ。
自分が上り坂に入るまでは、面白いように女性に近づいていけた。が、しかし、自分自身が上りに差し掛かると、その背中を果敢に追ったツケが脚にきた。再び、がっくりスピードが落ちる。私のスピードがあまり落ちなかったのか、女性のスピードが落ちたのかは定かではないが、幸いこのとき女性の背中は大きく見えたままで、引き離されることはなかった。二人は20メートルほどの間隔を保ったまま、のこり数キロの直線勝負へと突入していった。太陽はギラギラと我々を照らし、海原はその強い光を受け、光っては消える美しい銀色のゆらめきで眼を楽しませてくれた。肩が凝ったので、両手を交互に回しながら走る。もう一度深呼吸をし、束の間の休息を自らに与えた。
最後のエイドに差し掛かる。中年のご婦人が数人でコップ水を手渡ししてくれていた。
「おねえさん!二つください!」。私は走りながら右手の二本の指を立て、一人のおばちゃんに大きい声で合図した。すると、おばちゃんは、「お姉さんだって、まあ嬉しい。特別サービスしちゃおっかな!」なんてオモろいことを言っている。思わず私も笑みがこぼれる。予定通り、二つのコップを手にした私は、「ありがとう!」と大きい声で挨拶。天を仰ぎながら水をかぶり、冷えた水の心地良さに酔いしれる。一方のコップ水をごくりと飲み干す。暑くて身体が火照れば火照るほど、頭がぼうっとすればするほど、レース中の一杯の水に強い魔法を感じる。暑く、苦しいレース終盤。その真っ只中で、ほんの一瞬だがほのぼのとしたやりとりに喜びを感じる。こうした地場の大会では、主に地元住民の皆さんが給水などのボランティアをしてくださるが、これには本当に頭が下がる。特に今回のように素晴らしい笑顔とコミュニケーションが出来た時、私たち選手は満たされた気持ちで走り続けることができる。私は新たな活力を胸に一路ゴールを目指した。気がつくと、目指す女性ランナーはもう手の届く距離にいた。


大島トライアスロン走録25(ラン編その4)

 残り1500mぐらいだっただろうか。スーッと難なく女性の横を抜け、前へ出ることができた。取り敢えず、当面の目標をクリアした。脚の重い疲れは忘れていた。一度抜いた限り、抜き返されるのはどうしてもイヤだった。脚が重いとか疲れたとか言ってられない環境に自ら飛び込んでしまった。日焼けした我が巨体は、少しずつではあるがスピードを取り戻しつつあった。折り返してから、身体が、筋肉がランしているということを確実に認識したようで痙攣はおさまった。何度も言うようだが、本当に海がきれいだ。「これがシマトラ(島のトライアスロン)の醍醐味だ!」と言わんばかりの大海原。無風で雲のないアッチッチのレースなんだが、今見ているこの景色はまさに「絶景かな」である。
 あと1000mぐらいのところで、そよ風に乗ってゴール・アナウンスの声が聞こえてきた。海沿いの高台から見るラン終盤の景色は、筆舌に尽くしがたい。本当に我を忘れて走る。「あと500!がんばれ!」。沿道の男性からエールをもらう。「あと500か!」思わずスパート!また一人を抜く。
毎度のことながら、バカ正直さが損を招いた・・・。この500mは結果的には800m以上はあったと思われる。それでも、ゴールまでは速度を落とさず走れた。このとき、頼りになったのは、迫り来るゴール・アナウンスの声だった。「ゼッケン
××番!○○△△選手です。・・・!」。ゴールする選手が次々と読み上げられている。トライアスロンの大会は、本当に明るいムード。ゴールも度派手で、両側の鉄柵にはENERGENやらAQUERIASやらスポンサーの広告が所狭しと設置される。もちろん、応援の人もやんややんやの大騒ぎ。夏祭り、花火大会のノリなのである。
「ゴールで自分の名前を読み上げられること」は勿論未経験。はじめてマラソン大会の直前に抱いた「給水テーブルから格好よく水を取る」という憧れに似たワクワク感があった。強い憧憬の念で、私は脚の疲れを完全に忘れていた。ラストは無意識に、無邪気に走っていたような気がする。
軽い上り勾配の後、右にカーブを曲がると「FINISH」の文字が見えてきた。人がたくさんいる。前を行くランナーがアナウンスされている。幸い、私の前にはもうランナーがいない。いよいよ、自分がフィニッシュする番だ。
「素晴らしい笑顔が帰って来ました!ゼッケン番号208番!リュウ選手です!」
へぼランナーだが、みんなが拍手しながらイエ〜ッとか言ってくれている。もういい顔せずにはいられなかった。暑く苦しかった分だけ、その反動が笑みになって顔に出てしまったような感じだった。
「いま素晴らしい笑顔がゴールイン!」。私は両手を挙げながら、フィニッシュラインを踏んだ。正式なトライアスロンを初完走した気分は最高だった。
ゴールしてすぐにセンサーに右掌をかざす。ピーッという音とともにゴールタイムが記録され、同時にスタッフが完走バスタオルを肩にかけてくれる。
「リュウさん、お疲れさま!本当にいい笑顔だったよ」。タイガさんが私の労をねぎらってくれた。
ゴールして飲んだ水は、格別な旨さだった。深呼吸して眺めた眼下の海は、いまなお光り輝き、何よりもでっかく視界の中に広がっていた。
(番外編につづく)


大島トライアスロン走録26(番外編)
 タイガさんから驚くべき話を聞いた。「同じ民宿に泊まっている外人だけどさ、2位でゴールしたよ。この世界では有名らしいよ・・・」。
 彼が ゴールしたときのアナウンスは「皆さん、もう日本でもお馴染みのマイケル・Tさんです!」だったらしい。そんな人とも知らずに私は民宿で気軽に話しかけていたのだ。あ〜恥ずかしい。彼にしてみれば、「こいつ俺を知らねえようじゃ、この道のド素人だな」と思ったに違いない。穴があったら入りたいよ、まったく・・・。この日、民宿に帰って彼にあったとき、妙にバツが悪かったことは言うまでもない。
 さてさて、素人馬鹿男の話はこれぐらいにして、この晩の「さよならパーティ」を語らずして参戦記の幕をおろすわけにはいかない。
 レースが終わり静けさを取り戻した町に日が暮れた午後6時。Tシャツ、短パン、サンダルばきの選手たちがぞろぞろと町役場の2階ホールに集まってきた。みんな日焼けした笑顔が格好いい人ばかりだ。とにかく陽気な仲間たち。会場は、あっという間に200人ほどの選手の熱気でムンムンとなった。見れば、ポリバケツにはビールがいっぱい冷やしてある。散りばめられたテーブル上には、刺身、サンドイッチ、スパゲティ・・・。くさや、島焼酎まである。結構な豪華ぶりだ。
 かんぱ〜い!私、タイガさん、S本さんはビールをグイグイと飲んだ。おまけに島焼酎をロックで飲む。これが、ほんのりいい香りがして実にうまい。
 タイガさんが最初にくさやの皿のラップを外したときから、騒ぎがはじまった。「ああっ!くっせ〜っ!」。タイガさんがくさやをかじりながら叫んだ。勧められて私も一口。オエッ!最初は度肝を抜かれる。その強烈な臭いは、掃除してない便所を連想させる。気絶しそうなアンモニア臭だ。周りの人も、くさいくさいと大騒ぎになる。一瞬、周囲の人が減った。だいぶ臭いにも慣れてきた。くさやを頬張りながら、島焼酎を口に含む。すると、これが旨い。臭いくさやが、まさに「珍味」のつまみに早変わり。さすがに、若い人達は臭いが強いせいか、ほとんど口にしてなかったが、我々中年オヤジ軍団はこのくさやの旨さを堪能したのであった。
 ステージで表彰式がはじまる。タイガさんの言うとおり、同宿の外国人マイケルは2位。壇上でしっかりと銀のメダルをぶら下げている。40歳という年齢でありながら3種目めのラン10Kを34分14で走る怪物。世の中には凄い人がいるもんだ。
 つづいて、島の皆さんが太鼓や民謡など数々の演芸を披露してくれた。若い女の子たちは、いま流行の創作フリーダンスを披露。これが、笑えた。どこかの大学のトライアスロン部の野郎衆がステージ上に現れ、女の子たちと一緒に踊り出した。腰をくねくねしたり、回転したりで大爆笑。フロアも先程来のどんちゃん騒ぎで大盛り上がり。トライアスリートは過酷なレースを長時間続けるためか、ほとんどの人がレース後は頭が吹っ飛んでしまっている。このラテン系のノリは癖になったら止められそうにない。そう思いながらも、すでにどっぷりとこの世界に浸かってしまっている自分がそこにいた。
 民宿の部屋に戻った後も、タイガさん、S本さんとこれでもか!というほど飲んだ。底抜けに楽しかった。翌日は、大島を観光し、ジェットフォイルで帰京した。
 今回、心残りだったことはタイガさんのリタイアである。先輩の心中を察すると、私も時折悔しさがこみあげてくる。何としてでも、来年は二人でこの大会のリベンジをしたい。そして、今度こそ文句なしの祝杯をあげてやる!
 大島!来年も行くから待ってろよ!

大島トライアスロン走録 これにて終了。